マンチェスター・バイ・ザ・シー
【作品解説】
心を閉ざして孤独に生きるリーが、兄ジョーの死をきっかけに故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻り、兄の16歳の息子パトリックの面倒を見ながら過去の悲劇と向き合っていく姿を描いたヒューマンドラマ。『ギャング・オブ・ニューヨーク』でアカデミー賞脚本賞の候補となったケネス・ロナーガンが監督・脚本を務め、第89回アカデミー賞では作品・監督・主演男優・助演男優・助演女優・脚本の6部門にノミネート。うちリーを演じたケイシー・アフレックが主演男優賞、ロナーガンが脚本賞の2冠に輝いた。主人公の元妻役で『マリリン 7日間の恋』のミシェル・ウィリアムズ、兄役で『キャロル』のカイル・チャンドラーらが脇を固める。マット・デイモンがプロデューサーを務めたことも大きな話題となった。
【クロスレビュー】
鈴木こより/この港町の癒し度:★★★★★
主人公のリーは、兄の遺言によってパトリックの後見人に指名される。パトリックは息子のように可愛がっている甥っ子だが、リーはその遺言をどうしても受け入れることができない。なぜ、そこまで頑なに拒むのだろう。物語の進行とともにショッキングな理由が明らかになっていく。リーはある出来事によって、心に深い傷を負っている。投げやりで、さらに自分を傷つけようとする姿が痛ましくい。まさに"雨にズブ濡れの負け犬"だが、この港町にいればきっと大丈夫だろう、と思えてくる。さりげない人情が温かい。年頃のパトリックもリーを振り回しているように見えるけど、実は父親の遺志をよく理解している。支えが必要なのは自分だけじゃないんだ、と。今は歯痒くても、やがて時期が来れば、しっかりとその遺志を継いでいくだろう。心臓(モーター)を取り換えて、生まれ変わった父の形見のボートとともに。
外山香織/喪失は、埋めなくてもいいと思える度:★★★★★
帰郷モノの映画、最近では『T2 トレインスポッティング』を観たが、本作はT2をもっと静謐にした感じだろうか(T2をけなしているわけではない。むしろ好き)。どちらも共通するのは「人はそんなに簡単に変われない」。ボストンで便利屋として働く主人公は人との関わりが苦手で、酒を飲んでは暴力沙汰を起こす。突然16歳の甥の後見人になったことから、故郷に戻り少しずつ変化も見せるが、もともと不器用な人間だ。彼の別れた妻や甥の母親が次の人生を歩んでいるのと対照的である。日の当たらない簡素な部屋に住む彼が大事そうに写真立てを扱うシーンがある。写真立ては3つ。何が映っているかは明かされないが、彼の悲劇的な過去から想像はつく。別な人生を生きると言うことは彼にとって過去を忘れることであり、それは絶対にできないのだ。甥の未来を導く資格も自分にはない。自分の人生は自分で決めろ。甥とのやり取りに彼自身の覚悟をも感じた。ドラマチックな結末ではなくこの着地を用意した作り手側の誠実さ。どんな生き方も否定しない。その意味では、『ムーンライト』とも似ている気がした。
5月13日よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国ロードショー
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