【イスラーム映画祭】長い旅
フランスから聖地メッカへの自動車での巡礼の旅。イタリア、スロベニア、クロアチア、セルビア、ブルガリアのソフィア、トルコのイスタンブールを抜けて、シリアのダマスカス、ヨルダンそしてサウジアラビアまで。メッカに集まる巡礼者にはさまざまな国の人たちがいる。イスラーム信者といっても、その服装や文化は、多種多様である。今では、敵同士の関係の人たちもいることだろう。それでも同じ目的で集まった人たちは、お互いに声を掛け合い助け合って、その道を目指す。決して宗教が、戦争を起こすことでないことは一目瞭然だ。
しかし、これは2004年の作品。今ならISの支配地域も通ることになるので、不可能なルートであるのが悲しい。そもそもこのルートに位置する国々自体が、混乱の歴史を繰り返してきたところである。ヨーロッパにおいては、奇しくもイスラーム教徒とキリスト教徒の民族が、せめぎ合ってきたところでもある。この旅は、その歴史の狭間にあったからこそ可能であったということを、頭の隅に置いておきたい。モロッコからフランスに移民した父親が、死ぬ前にメッカ巡礼の旅に出かけたいと思ったのが、このタイミングになったことの1つの理由でもあるはずだ。
父親の巡礼の旅の運転手を務めることになったフランス生まれの移民2世のレダにとって、この巡礼の旅は青天の霹靂である。ガールフレンドはフランス人、この国の言葉をしゃべり、教育を受け、この国の高校生のファッションに身を包んでいる彼にとっては、なぜ父親がわざわざ大変な思いをして巡礼に出るのか、まったく理解できない。当然である。我々観客にとっても、なぜ父親があんなにも横暴なのかが最初は理解できない。特にだまってレダの携帯電話をゴミ箱に捨ててしまうくだりには、怒りを超えて呆気にとられてしまう。
しかし旅を続けるうちに、この父親が決して不寛容な人物ではないことがわかってくる。彼は、レダに対して祈ることを強要したりはしないし、ガールフレンドの写真を見ても、そのことに口出しはしない。ただ彼は、巡礼に集中したいだけなのだ。彼がポツリと父親、レダにとっては祖父にあたる人物が、メッカへの巡礼の旅に出た時のことを話す時、初めて彼の思いの一端がわかってくる。歩いて巡礼に向かった父親を丘の上から見送り、毎日毎日、帰りをそこで待った少年時代のこと。どんなに父親のことが誇らしく、またその帰りを心配していたか。自分もいつか父親のように巡礼をするのだ。彼にとっては、宗教上の理由だけでなく、少年の頃抱いていたその思いが、この旅にはあったのだ。飛行機では意味がない。飛行機よりは船、船よりは自動車。でなければ、巡礼の意義が薄くなるだけでなく、父親に近づけないことになるのである。
最初この作品は、移民社会における世代間のギャップを乗り越え、お互いを理解しあっていく映画という風な観方をしていた。もちろん、それはこの作品の重要なテーマである。実際に、レダは少しずつ父親のことを理解し、自分のルーツに対する考え方も変化させていく。しかしそれ以上に、この巡礼の旅には人生というものを感じさせられる。「長い旅」とは、そのルートのことだけでなく、人生の旅を意味するのではなかろうか。父親から子に、そしてまたその子へと受け継がれていく家族の歴史。人に親切にされ、もしくは親切にし、人を誤解し、傷つけたり、傷ついたり。途中地図にない道に出てしまっても、分かれ道では行く先を選択しなければならないところも、人生とどこか似ている。途中、黒装束で顔もよく見えない謎の老人を車に乗せることで、死の匂いも付いてまわる。イスラーム教徒のメッカ巡礼に対する思いが、実は、私たち非イスラーム教徒が、人生について思いを馳せることと、そんなにかけ離れたことではないという気がしてくるのは、この旅が人生の道のりを感じさせるからなのである。
※イスラーム映画祭サイト内記事
☆国内初!『イスラーム映画祭2015』全9作品が決定
☆『神に誓って』
※今後の上映日時:12月18日(金)18時55分~
▼イスラーム映画祭2015▼
【開催概要】
会期: 2015年12月12日(土)~18日(金)
会場: 渋谷ユーロスペース(http://www.eurospace.co.jp/)
主催: イスラーム映画祭実行委員会
特別協力: TRANSIT編集部
運営:シネヴィル(シーハウス)
オフィシャルWEBサイト:http://cineville.jp/iff/
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