【イスラーム映画祭】神に誓って ： 映画と。

英国人の母とパキスタン人の間で生まれた、メアリーはロンドンの大学生。結婚を誓い合った英国人の恋人がいるが、パキスタン人の父親はそれを好ましく思っていない。娘の結婚を決めるのは父親の権利であると言い張り、妻の言うことに耳を貸さない。それどころか、娘をパキスタンに連れて行き、現地で結婚相手を探そうと画策する。彼女の従兄はパキスタンで、音楽活動をしている。裕福な家庭、何不自由ない暮らし。それにも関らず弟は、イスラーム原理主義過激派の活動にのめり込んでいく。一方、兄は音楽で稼いだお金を元手に、ニューヨークの音楽学校へ留学する。その時、9.11の同時多発テロが起こり、彼はテロ犯の疑いをかけられ逮捕されるのだった。

2007年パキスタンで、こんな作品が作られていたことにまず驚いた。3カ国にまたがる家族の物語が同時進行するというスケールの大きさだけではない。外国に暮らす移民家族の世代間の格差の問題、ムスリム内の女性差別の問題、アメリカにおけるムスリムに対する無知と差別、原理主義者に惹かれる若者と彼らを戦争へと駆り立てるムスリム指導者たち、それと対立するリベラルなムスリム指導者たちの無力など、家庭内の問題から世界規模の問題までムスリム世界で起きているさまざまなことが、2時間48分という時間の中に、ぎゅっと詰め込まれている。長尺だが、決して長さは感じさせないし、深刻な話しなのに、息苦しさもほどほどである。主人公のうち2人がミュージシャンという設定になっていて、映画全体が音楽に彩られていることもあるだろう。特にニューヨークの音楽学校で、パキスタンの美しい旋律が元になった、兄のピアノ曲に、他の生徒たちが段々乗ってきて、いつしか合奏になっていくシーンは、美しく感動的である。音楽は、人種も国境も超えて、皆を幸せにする。これがこの作品の底流に流れるキー・ワードのひとつになっている。

この作品のもうひとつのキー・ワードは、無知ということになるだろう。原理主義指導者が、ミュージシャンとして活動していた弟を洗脳していく中で出てきた言葉が興味深い。「頭で理屈を考えてはだめだ。心で考えなさい」要するに何も考えるなということになるのだけれど、なるほど宗教に洗脳されるとはこういうことなのだと、合点がいく。彼が無知で素直な青年だからこそ、指導者の言葉は彼の頭の中に、短時間で沁みわたっていく。嘘もつかない、盗みもしない、女性に乱暴などもってのほかという、シャイで心優しい青年が、原理主義に傾倒することで、かえって悪事に手を染めていくことが皮肉である。しかし、この作品は個人が無知であることそのものを責めているわけではない。無知であることは、罪になることもあれば、逆に力になることも描かれているからだ。要はそこから正しい知識を学んでいけばいいだけなのである。問題なのは、それを利用する原理主義指導者であり、アメリカの政府機関の無知であり、世間という集合体の無知なのである。

映画の後半の裁判シーンで、リベラル派ムスリム指導者と、原理主義指導者が参考人として呼ばれ、それぞれの法の解釈を証言する。「音楽は人心を乱すもので、禁じられている」という原理主義指導者に対して、リベラル派ムスリム指導者は「音楽は決して禁じられていない。でなければ、神に選ばれたダビデに美しい声という奇跡が与えられるはずかない。禁じられるものを神が与えるはずがない」そして原理主義の指導者が形から入っていることを非難する。信仰の中身が形になるのでなければならないと。弟は、その言葉に感銘を受け、自分が無知であったこと、騙されていたことを初めて知る。この言葉は、同じクルアーンを元にしながら、こんなにも解釈が違ってくるのかというのが、わかりやすく説明されていて、我々観客にとってもとても興味深い。もっとも、クルアーンの寛容性が色々な解釈を生み、だからこそイスラーム文化に多様がもたらされるのと同時に、原理主義といったものが現れると言えるのかもしれないが。

※イスラーム映画祭サイト内記事国内初！『イスラーム映画祭2015』全9作品が決定
※今後の上映日時：12月15日(火)17時55分、12月17日(木)13時00分

▼イスラーム映画祭2015▼

【開催概要】
会期： 2015年12月12日(土)～18日(金)
会場： 渋谷ユーロスペース(http://www.eurospace.co.jp/)
主催： イスラーム映画祭実行委員会
特別協力： TRANSIT編集部
運営：シネヴィル(シーハウス)
オフィシャルWEBサイト：http://cineville.jp/iff/
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