【TNLF】馬々と人間たち

アイスランドに生きる人と馬、人生、大地への賛歌

Of_Horses_and_Menアイスランドは、1000人当たりの自動車保有台数が、アメリカに次いで世界で2番目の国である。他の北欧諸国と比べても飛び抜けて多い。自動車が普及するまでの移動手段は何だったのか。もちろん馬である。「アイスランド人は北欧で一番よく飛行機を利用する国民だが、ポニーを置いてきぼりにするのはちょっと心残り」というジョークさえある。この作品は、そんな彼らと馬を巡るアイスランドの抒情詩。

何か言いたげな馬の目のアップが章の扉となって複数の小話が展開していく。中途で終わる前章の物語が、次章の途中で別の人物の視点に引き継がれた形で完結するという独特の構成で、馬と人、その性と生と死、悲しみや喜び、プライド、嫉妬心、人の愚かさが喜劇タッチで描かれる。その話術が見事だ。

冒頭では、年配の男が、同年代の女性からお茶会に招待される。男は乗馬用の服に着替え、白い馬に鞍をつける。緊張気味に、でも胸を張って馬を操り、荒れ地を駆けて行く。馬の足の上げ方の美しいこと、そのゆったりしたリズムの心地よいこと。馬を駆る彼の姿を村の人たちも見ている。あちらこちらの家で双眼鏡が光に反射してキラリと光るのでそれがわかる。もちろん下世話な興味心からなのだが、そんな景色にただただ見とれてしまう。

別の挿話では、外国からやってきた若者が、馬に乗せてもらい、嬉しくてしようがないといった風情で馬を駆る。山には雪が残り、牧草地といっても緑溢れる風情ではなく、木といっても灌木くらいしか生えていない大地。そんな寒々しい風景でもいったん陽が照り始めれば、雄大な自然の美しさを醸し出す。ところがそんな景色に酔いしれているうちに他の熟練した乗り手たちがどんどん先に行ってしまい、彼は置いてきぼりを食ってしまう。やがて陽は西に傾きはじめ天候までが荒れ模様になり、絶体絶命のピンチが彼に訪れる。

アイスランドの環境は、火山の噴火、氷、水、風という4つの要素が基本。自然環境が誠に厳しい。夏でも突然台風並みの風が吹きはじめ、気温が一気に10度くらいにまで下がってしまう事もあるという。冬は緯度の高さからは信じられないくらい温暖だが、道中突然の吹雪が起こる可能性だってある。旅人ごときに、そう易々とこの大地のことが理解されてたまるか、アイスランドの大地の神は、簡単には人を受け入れてはくれない。そんな厳しさがよく出ていた。

アイスランドでは、馬は移動手段であると同時に貴重な食料にもなった。馬無しでは過酷な自然環境を生き延びられなかった人間と、人間無しではここまで繁殖できなかった馬。アイスランドの人と馬は長い時間をかけて、共に闘いこの地に生き残ってきたのである。その生活史を反映するかのように、この作品では、人と馬にさまざまな事故が起き、ある者には死が訪れる。それでもお葬式の場面は、淡々としている。故人の悪しき行いを掘り返す者などなく、事故の責任を追及する者もいない。ただそこに死があっただけという風情である。

実はそこにアイスランド人入植1200年の知恵があるのではなかろうか。アイスランドは牛、豚が育たない厳しい環境であり、かつて飢饉で、総人口の5分の1が餓死するという経験もしてきている。立ち止まってはいられない事情があったのである。「死というのは人生における唯一の事実です。けれどもその人がいなくなったことでスペースができる。亡くなったことによった新しい可能性が開けるという意味もあるのです」と言うベネディクト・エルリングソン監督。本作にはそんなアイスランド人の魂が籠められている。これは、アイスランド人の馬へのラブレター、アイスランドに生きる人その人生、大地への賛歌とも言える作品である。


▼作品データ▼
原題:Hross i oss/英題:Of Horses and Men
監督:ベネディクト・エルリングソン
製作:フレドリック・トール・フリドリクソン
出演:イングヴァル・E・シグルズソン、シャーロッテ・ボーヴィング
(2013年/アイスランド・ドイツ/81分)
2013年東京国際映画祭最優秀監督賞
第37回ヨーテボリ国際映画祭観客賞、国際批評家連盟賞



【関連情報】
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【イベント情報】
※ 日程:2月8日(土)15時50分~、2月12日(水)13時30分~
2月12日(水)13時30分の回は、『馬々と人間たち』の大ファンだという松江哲明監督(『フラッシュ・バック・メモリーズ3D』)によるトークショーが予定されています。



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