【TIFF_2013】監督賞受賞!ベネディクト・エルリングソン監督『馬々と人間たち』記者会見レポート
2013年10月27日(日)
◆作品世界
この作品は雄大な自然の中、一見のんびりしたように見える小さな村の、人と馬との関係を中心にした話の中で、人と馬にさまざまな事故が起き、ある者には死が訪れる。(因みにトリックを使っているので、実際には人も馬も無事です。念のため) それはなぜなのか。
「私が達成したかったのは、観客を驚かせたかったからなのですね。予想外な展開が観客の心を開く。私としてはクリシェ(常套手段)を攻撃しているつもりです。ある意味、ハリウッドのルールをすべて破っているかもしれません。人が死ぬとかアクシデントが起こるとかいう時、そこに何かコミカルなものがあるということで、色々なアクシデントを話として集めているのです。私が狙っていたのは、それでも観た後、いい気持になれる映画を作りたかったのです。死というのは人生における唯一の事実です。死というのは悲しいことなのですけれども、チャンスでもあるわけです。何か相続するかもしれないですし、その人がいなくなったことでスペースができる。亡くなったことによった新しい可能性が開けるという意味もあるのです」
人間も自然の一部。厳しい環境に生きるアイスランド人らしい死生観が、この作品には流れているのである。厳しさがありながらも、どこか滑稽で、後味がとてもいいのは、ストーリーが、こうした死生観に裏打ちされているからなのである。
◆映画における女性の役割
この作品はいくつものショート・ストーリから出来ているのだが、その中でいつも話を繋げる役目をしている女性がいる。男性たちはどうもだらしない。
「確かに、メインのキャラクターは女性が引っ張っていきます。アイスランドでは、この映画のように女性が底辺を支える力になっていると思います。馬もそうなのですが、メス馬がグループをコントロールしているのですね。オスはそこにいてそれを守る。勿論交尾をする種馬という意味もあるのですが、ヒエラルキーは女性がコントロールするという点では、人間も同じだと思います。少なくてもアイスランドでは。で、私はフェミニストなんです」
最後の部分は半分ジョークなので、監督がフェミニストかどうなのかは定かではないが、『精霊の島』などフリズリクソン監督作品でもそうなのだが、アイスランド映画では、いつも女性がとても重要な役割を果たしていることは確かなのである。女性たちに較べて男性たちがだらしないと感じられる、その理由はそこにあるようだ。
◆撮影の秘密
この作品の魅力は、自然光を使った多彩なカメラワークである。馬が活き活きと捉えられていて、息使いまでこちらに伝わってくる。その撮影の秘密についても監督は明らかにしてくれた。
「低予算ですし90%以上がロケで撮っているので、自然光を使う以外に選択肢がなかったのです。本当言うと私は、ロングテイクで色々飾らず、そのまま撮っているようなものを沢山使いたかったのですけれども、状況によってそれが叶わなかったということがあります。また、脚本にエネルギーを与える必要があるため、色々なカメラワークを使ったのです。馬の目をクローズアップで撮ったのは、動物とコンタクトしていく、馬の目を見ていると自分が見えるという、そういうようなことを表しています。」
◆出演者について
この作品で、出演者は皆乗馬をする。誰もが日常的に馬に乗っているかのように、自然に馬を扱っているのだが、どのようにキャステイングしたのだろうか。
「すべての登場人物はみなさん役者さんで、今アイスランドで活躍している人たちです。あの老人は非常に有名な監督ですし、メインのキャストは有名な俳優さんです。女性(シャーロッテ・ボーヴィング)は、デンマーク人で私の妻なので、あの役を得たのです。馬というスポーツはアイスランドでは、あまりお金もかかりませんし、庶民のスポーツということで、普通に人々が馬に乗っています。この映画では、馬に乗るのが上手、馬といい関係が作れるということがとても大切でした。たまたま私が選んだ役者さんたちはみなさん馬に乗るのが上手でしたし、馬に乗るのが上手な人たちは、いい役者さんだったということです」
◆音楽について
この作品は音楽もとても重要な役割を果たしている。乗馬する人の気分を表したり、馬の走る音を音楽で表現したりと、語り部のひとつになっている。
「音楽というのは非常に大きな部分を占めているわけですが、今回はダヴィズ・ソゥル・ヨゥンスソンというアイスランドの天才が、プロセスを辿ってくれました。彼が楽器をすべて演奏しています。音楽と言うのは、ストーリーテリングにとってもとても重要な部分を占めていまして、ひとつには、シーンに対するコントラポント(対位法、対極)を表すというやり方で使います。シーンの絵と同じものを語るのではなくて、何かを付け加える役目を果たしているのですね。もう一点は、ミッキー・マウシングと呼んでいるのですけれども、ディズニーのミッキー・マウスの映画のように、音楽がそこで何を感じているのかを表し、あるいはストーリーを語っていくという使い方もしています。で、ここで使われている音楽は、アイスランドの古い音楽であったり、あるいはバルカンの音楽であったりします。フェリーニにおけるニーノ・ロータとか、南欧の音楽の使い方、考え方に影響を受けています」
◆アイスランド映画界の現状
アイスランドで映画を撮るというのは、なかなかに厳しいものがある。元々アイスランドの人口は、32万人。前橋市よりも少ない。このことは、世界でアイスランド語をしゃべるのが、この人数しかいないことをも意味する。故に、フリズリクソン監督にしてもそう頻繁には作品を監督してはいない。『氷の国のノイ』のダーグル・カウリ監督のようにデンマークで映画を作るということも一つの方法ではある。けれどもアイスランドでしか撮れない映画、本作のようにだからこそ魅力的な作品というのがあることも事実である。アイスランドで映画を撮ることの大変さと良い点とはなんだろうか。
「アイスランドの映画産業には台風が押し寄せていて、新しい政府になって40%映画予算が削減されて私たちは震えています。産業としては、年に5本から7本撮っていたのですが、これからは、減ると思います。この映画は非常に低予算なのです。隣にいるプロデューサーがくれた予算というのが、トム・クルーズ映画の1%でした。ですが私たちには社会資本というものがあります。近くにいる農民たちがただで馬を連れてきてくれて手伝ってくれたりしました。そういう社会資本があってこそこの映画はできました」
社会資本…北欧らしい考え方だ。これからもそうしたものに支えられながら、困難にも負けず、素敵なアイスランド映画が作り続けられることを願ってやまない。
▼『馬々と人間たち』作品情報▼
原題:Of Horses and Men [ Hross í oss ]
監督/脚本:ベネディクト・エルリングソン
プロデューサー:フリズリク・ソール・フリズリクソン
編集:ダヴィズ・アレクサンダ・コルノ
撮影監督:ベルグステイン・ビョルゴルフソン
音楽:ダヴィズ・ソゥル・ヨゥンスソン
出演:イングヴァル・E・シグルズソン
シャーロッテ・ボーヴィング
ステイン・アルマン・マグノソン
ヘルギ・ビョルンソン
(81分/アイスランド語/Color/2013年/アイスランド)
第26回東京国際映画祭
期間:2013年10月17日(木)〜10月25日(金)9日間
場所:六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト:http://tiff.yahoo.co.jp/2013/jp/tiff/outline.php