『ブランカニエベス』パブロ・ベルヘル監督インタビュー
第85 回アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表に選出され、第60 回サンセバスチャン国際映画祭で審査員特別賞と最優秀女優賞のW 受賞、そして第27 回ゴヤ賞(スペイン・アカデミー賞)では作品賞を含む最多10 部門受賞の栄冠に輝くなど、世界の主要映画賞50部門以上を受賞した話題作『ブランカニエベス』が12月7日(土)より公開される。
人気闘牛士の娘カルメンは生後間もなく母を亡くし、父の再婚相手で邪悪な継母に虐げられて育つ。ある日、継母の策略で命を狙われ、ショックから記憶を失ったカルメンは「こびと闘牛士団」に助けられ、“ブランカニエベス(白雪姫)”の名前で彼らと一緒に見世物巡業の旅に出る。やがて女闘牛士として頭角を現した彼女は、行く先々で圧倒的な人気を得るようになるが…。グリム童話「白雪姫」を下敷きに、スペインを象徴するファクター、闘牛やフラメンコを織り交ぜ、モノクロ&サイレントで、ヒロインの数奇な運命を情感たっぷりに描き出した異色のダークファンタジー。残酷な出来事がこれでもか!とばかりにヒロインを襲うのに、観る者はまるで魔法にかけられたかのように、豊かで幸せな時間を享受できる作品だ。今回、本作のパブロ・ベルヘル監督とskypeでのインタビューが実現したので、以下にお届けする。
――本作は1920年代のスペインを舞台としています。日本で紹介されるスペイン映画は、30年代後半のスペイン内戦やフランコ独裁政権下が舞台設定になっている作品が多いという印象があります。本作は内戦の前の時代という点が興味深かったのですが、この設定の意図は何でしょうか?本作がモノクロ&サイレント映画であることとも関係しているのでしょうか?
パブロ・ベルヘル監督(以下ベルヘル):この作品のベースにあるのが、僕がサイレント映画をつくりたかったということです。映画はタイムトラベルのようなもので、観客がチケットを買い、タイムトラベルに出発するような感覚に陥ってほしいと思っています。今回はサイレント映画の黄金期(20年代)にタイムトラベルしてほしいというのが、本作の企画の出発点です。そのために舞台を20年代に設定しました。
――モノクロでありつつも、随所に色味を、特に赤を連想させるシーンが多々ありました。例えば闘牛士のマント、闘牛場に投げ込まれる薔薇、女性の唇(口紅)、血、フラメンコの衣装、りんごなどです。色がないゆえに逆に赤の持つ禍々しさが匂い立つような感覚を覚えました。特に赤にこだわった演出をされたのでしょうか?
ベルヘル:この映画をモノクロと言い切るには、実は抵抗があるんです。多くのフィルムメーカーがモノクロを撮りたがる理由の一つとして、観客が自由に想像できるという点があると思います。あなたは特に赤が印象深いとおっしゃってくれましたが、それはあなたと映画を通して一緒にイマジネーションができたという嬉しい証拠だと思います。赤はスペインを象徴する色であり、情熱、ハート(心臓)、闘牛士、血とも関係ありますしね。「赤雪姫(ロホニエベス)」というタイトルでも良かったかもしれませんね。
――邪悪な継母役のマリベル・ベルドゥ(『天国の口、終わりの楽園。』『テトロ』)の怪演が印象的でしたが、彼女の起用理由を教えて下さい。
ベルヘル:マリベルはスペインで最も有名な女優です。もちろんペネロペ(・クルス)もトップスターですが、彼女はスペインでは(ペドロ・)アルモドバルの映画しか出ませんからね(笑)。マリベルは素晴らしい女優です。この作品にはムービースターが必要だと感じていました。脚本ももともと彼女をあて書きしたものです。マリベルはこれまで悪役を演じたことがなかったので、彼女にとって面白い挑戦だったと思いますよ。
――マリベルは監督からのオファーを快諾されたのですか?
ベルヘル:彼女とは企画の段階でコーヒーショップで会い、いろいろ話し合いました。その結果、脚本を読む前から「このクレイジーな冒険に参加したいわ」と承知してくれました。
――ヒロインのカルメンの少女時代を演じたソフィア・オリアは5000人のオーディションから選ばれたと伺いました。彼女を起用した決め手は何でしょう?
ベルヘル:ソフィアは大きな瞳が強烈でした。オーディションの部屋に入ってきたときから、彼女の眼が訴えかけていたんです。演技テストでもエモーショナルに満ちたものでした。もう彼女以外の選択肢はありませんでした。
ベルヘル:本作が彼女のデビュー作となりましたが、小学校で先生から演技を学ぶくらいの経験しかありませんでした。撮影期間は夏でしたが、彼女にとって楽しい夏旅行に行くような気持ちで撮影現場に来てもらいました。ただ、スタッフは100人以上いたし、彼女も多少の責任感や緊張は感じたと思いますよ。でも僕たちは彼女を信用していたし、僕は監督として、彼女が自由に動ける環境づくりに気を配りました。そうしたら、彼女はいとも簡単に素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。
――実は私は昨年、ベルヘル監督と同じくスペイン出身の『ブラック・ブレッド』のアグスティー・ビジャロンガ監督や『EVA<エヴァ>』のキケ・マイジョ監督にインタビューする機会がありました。両作品とも子役が非常に重要な役でしたが、こちらでも素晴らしい演技を見せていました。本作も含め、スペイン映画の子役のクオリティの高さにはいつも驚かされますが、そのレベルの高さは何が要因と思われますか?
ベルヘル:うーん、(ビクトル・エリセ監督の)『ミツバチのささやき』のアナ・トレントに代表されるように、確かにスペインには子供が主役の映画は多いかもしれませんね。日本とスペインでは事情が違うかもしれませんが、スペインの子供はよく遊んでいます。それが演技に直結していることがあるのではないでしょうか?スペインの子供はすべて可能性がある役者になれると思います。でも日本でも是枝(裕和)監督の『誰も知らない』の子供たちも本当に素晴らしかったですよ。
――本作で描かれるヒロインの人生は、幸せの真っただ中にあったと思えば、梯子を外されるように不幸に突き落とされるようなことの繰り返しです。あの結末もいろいろな解釈ができると思いますが、ベルヘル監督ご自身はあの結末にどういう意味を込めていたのですか?
ベルヘル:人生はハッピーな時もあれば、辛く悲しいときもある。そんなごく当然の理を描こうと思ったんです。あのクライマックスはとても重要で、インパクトのあるシーンにしたかったのです。悲劇的でもあり、でも希望の持てるエンディングともいえるかもしれません。映画はあくまでも観客のものであり、この後も観客の想像力のなかで続いていく映画を撮りたかったんです。だから“Fin”や“The End”などのエンドマークは入れたくありませんでした。当然、僕自身の解釈もあるけど、それを観客に押し付けようとは思いません。ひょっとしたら2回目を見たら、違った印象を持つかもしれません。それは見るたびに変化していくものだと思います。
――次回作のプランはありますか?
ベルヘル:『ブランカニエベス』は娘のようなものです。今は世界各地でプロモーションのため一緒に旅をしている感覚ですが、どこかで一区切りがついたら、次のプロジェクトに取り組もうと思っています。実は2作品ほど脚本を書いていますが、来年にはいろいろと決断しようと思います。
<後記>
ベルヘル監督の「映画はタイムトラベル」という言葉が印象的だった。確かに、現実的にタイムトラベルをするのは不可能だが、想像力や映像の力を借りるタイムトラベルというのは、それはそれで夢のある話ではないか。本作は色やセリフがないことで、さらに空想を巡らせることができる。想像力を働かせることは楽しい作業だ。そして、映画の役割の一つには、観客を見たことのない(行ったことのない)世界へ誘うというものがあると思う。『ブランカニエベス』はその要件を充分に満たしている。ぜひともあなたの想像力をおともに、104分のめくるめく旅を満喫してほしいと思う。
<プロフィール>
パブロ・ベルヘル Pablo Berger
1963 年12 月21 日、スペインのバスク地方ビルバオ生まれ。短編映画『Mama』(88/未公開)で監督デビューを果たし、高い評価を得る。長編デビュー作『Torremolinos 73』(03/未)は、2003 年から2004 年にかけてスペインで最も興行的に成功した作品の一つとなり、2004年ゴヤ賞で最優秀脚本賞、新人監督賞、主演男優賞、女優賞の候補にノミネートされる(日本では「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2005」にて上映)。また、PV 監督としても活躍しており、日本ではロックバンドSOPHIA(活動休止中)のシングル「黒いブーツ ~oh my friend~」(1998 年リリース)を手掛けた。
▼作品情報▼
監督・脚本・原案:パブロ・ベルヘル
出演:マリベル・ベルドゥ『パンズ・ラビリンス』、ダニエル・ヒメネス・カチョ『バッド・エデュケーション』、アンヘラ・モリーナ『題名のない子守唄』、マカレナ・ガルシア、ソフィア・オリア
原題:BLANCANIEVES
2012/スペイン、フランス/ビスタサイズ/DCP/104 分/モノクロ
提供:新日本映画社/配給・宣伝:エスパース・サロウ/後援:スペイン大使館/協力:セルバンテス文化センター
公式サイト:www.blancanieves-espacesarou.com
©2011 Arcadia Motion Pictures SL, Nix Films AIE, Sisifo Films AIE, The Kraken Films AIE, Noodles Production, Arte France Cinéma ©Yuko Harami
12月7日(土)より新宿武蔵野館ほか全国公開