『マリー・アントワネットに別れをつげて』インタビュー② ブノワ・ジャコー監督
フランス映画界の重鎮として知られるブノワ・ジャコー監督の最新作『マリー・アントワネットに別れをつげて』は、フランス王妃マリー・アントワネット(ダイアン・クルーガー)の朗読係の少女シドニー(レア・セドゥ)の視点から、フランス革命が勃発した1789年7月14日からの3日間、王妃やヴェルサイユ宮殿内の混乱を描いた作品だ。そんな状況下で王妃を軸に、王妃に心酔するシドニー、王妃が愛するポリニャック夫人(ヴィルジニー・ルドワイヤン)の三角関係とも言えるような、感情のもつれが展開されていく。
先日、本サイトでは主演のレア・セドゥのインタビューを掲載したが、本記事ではジャコー監督のインタビューをお届けしたい。
●原作との違い
本作の原作は、フランスでベストセラーになったフェミナ賞受賞小説『王妃に別れをつげて』(シャンタル・トマ著)。ただし、ジャコー監督は映画化するにあたり、原作にあるプロローグとエピローグの章をまるまるカット。なぜか?ちなみに小説では1810年、ウィーンで暮らすシドニーがフランス革命を振り返るかたちで物語が始まっている。
「うん、僕は回想形式には興味がないんだよ」と監督は言う。その理由として曰く、
「過去の出来事を語りつつも現在の世界に共鳴するものを描くことが、僕の映画では重要なこと。それを実行するためには回想形式はムダだと僕は思っている」。
もう1点、原作の描写から大きく落とされたのは、シドニーが朗読係として採用され、王妃と初めて出会った時に覚えた陶酔感だ。それが彼女が王妃に献身的に仕える核となっている。この点もあえて描かなかったのも、
「革命が起こってからのシドニーと王妃の関わり合いや、ヴェルサイユの混乱そのものに焦点を当てたかったんだ。だから7月14日未明にシドニーが目覚めるシーンから(映画を)始めたんだよ」と回想形式の排除にこだわった結果ということを語ってくれた。
「重要なのは、(誰かが回想していることよりも)まさに今、起こっていることだから」と現在進行形のストーリーそのものへのこだわりを見せた。
●ヴェルサイユの混乱ぶりと現代との共通点
それにしても映画を観ていると、当時のヴェルサイユがあまりにも危機管理が甘かったことが、手に取るように伝わってくる。革命が起きて暴徒から宮殿を守ろうとしても門に鍵がなかったり、浮浪者が勝手に宮殿に入り込んでいたり、と愕然とすることばかり。ジャコー監督は「絶対に沈まないと考えられていた、タイタニックのよう」とコメントしているが、その危機管理能力の欠如は、東日本大震災により原発事故を経験した日本の現状とも重なる部分もある。
「フランス革命は、王家や貴族などのヴェルサイユの住人からすれば、想定外の出来事だったんだ。これは確かに日本で起こった痛ましい大災害や原発事故と同等のインパクトだったと思う。僕はこの映画を通して、予想を超えた事態が、人間にどういう影響を与えるのかを描いてみたかった。つまり、人の感情を刺激して、焦りを募らせ、パニックを引き起こす。それは古今東西、変わらないことだと考えているんだ」。
そういう観点からも監督は「映画は現代を映し出す芸術でなければならない」と強調する。
●グザヴィエ・ボーヴォワの配役
レア・セドゥ、ダイアン・クルーガー、ヴィルジニー・ルドワイヤンという欧州出身の豪華女優陣の共演も話題となっている本作だが、筆者はあえてルイ16世役のグザヴィエ・ボーヴォワの起用について訊ねた。彼は俳優として活躍している一方、一昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した『神々と男たち』(本当に素晴らしい作品!)の監督としても知られている。
「グザヴィエとは映画祭などで一緒になることが多くてね。その移動中、同じ飛行機に乗った機会があったんだけど、ちょうどそのとき、僕は機内でこの映画の脚本を書いていた。彼が脚本を覗いて、「僕の役はないの?」と聞くから、「ない」と答えてやったんだ。そうしたら彼が自分の携帯電話にルイ16世の肖像画をダウンロードして、しかも王の顔の部分に自分の写真をはめ込んでいたんだよ。挙げ句の果てに「僕がルイ16世をやるんだ」と宣言されてしまって・・・。僕は結果的にその約束を守ったことになるね」という、何とも楽しいエピソードを披露。
また、ヴェルサイユでのロケ時では、
「グザヴィエは休憩中でも衣装を着たままヴェルサイユの公園を散歩していたんだ。室内は僕たち映画関係者しかいないんだけど、外の公園には観光客がいてね。彼は王になりきっていたらしく、日本からの観光客にも「わが家へようこそ!」って挨拶したって聞いたよ」という話も。『神々と男たち』のような崇高で重厚な作品を手がけた監督とは思えないグザヴィエのお茶目な話に笑ってしまった。
●王妃とポリニャック夫人の関係は?
王妃とポリニャック夫人の関係は、日本では池田理代子さんの名作漫画「ベルサイユのばら」でも描かれている。「ベルばら」での二人の関係は親友としての“大切なおともだち”(と一方的に王妃が思っている)。対して本作では、王妃が夫人の肌の美しさを恍惚と語るシーンや、二人が思わせぶりにいちゃつくシーンがあり、それがシドニーの嫉妬心に火をつけることとなるのだが・・・。筆者も、もしやこの二人、ある一線を越えていたのではないか・・・という疑問も湧いた。ジャコー監督に、王妃と夫人の間には肉体関係があると考えていたのか、とぶつけてみたのだが、
「あはは!映画でももちろん“大切なおともだち”だよ」と返り討ちに(?)遭ったうえに、
「まあ、あなた(筆者)がそう感じたのなら、そうなんでしょうねぇ、きっと。僕はその点については責任は取らないけど」とはぐらかされてしまった。
また、「女心はいくら探っても真実に辿り着かない、無限なものだよね。これまで女性が主人公の映画を多く撮ってきたけれど、本当に(いろいろあって)退屈することはないものさ」と意味深なコメントも。この点については、監督から明確な回答が得られなかったが、観る人の想像に任せるということなのだろう。
●レアにご注目を
さて、気を取り直して。
インタビューの最後に、日本の観客へのメッセージをお願いしたところ、ジャコー監督から、
「日本(の観客)だけじゃないよ。どこの国のお客さんにも同じことを言いたいんだ」という鋭いツッコミが。
はい、仰せのとおりで。それでは、全世界の観客に対して、どうぞ!
「何と言ってもシドニー役のレアに注目してほしいね。本当に魅力的な人だ。魅力的だからこそ主役にオファーしたんだよ。だから僕は彼女を皆さんに責任をもってお届けする役割があるんだ(笑)」と絶賛モードでレアについて語った。
「そして映画で描かれている歴史的出来事、かつそれを見つめるレア(シドニー)の視点を注意深く見てほしい。ぜひとも魅了されてほしいね」。
(後記)
筆者は正直なところ、シドニーが王妃に心酔する理由が、映画できちんと描かれていないことが疑問だった。小説では、そこがシドニーの行動の源であったはずだからだ。でも、ジャコー監督の「回想形式はムダなこと」というコメントを得て、枝葉の部分はばっさり省き、フランス革命の物語自体に注力するという、監督のある種の潔さも感じた。
また、レアは監督の印象を「(ジャコー監督作品は初めての出演なのに)初めてのような気がしなかった」と語っていたが、インタビュー中も監督は“フランス映画界の重鎮”と気構えることなく、フランクに接してくれた。実は監督のご子息がシドニーに言い寄るゴンドラ漕ぎの青年役で出演しているのだが、その点も少々照れくさそうに話してくれたりもした。まあ、フランク過ぎて筆者のプライベートにも突っ込まれた点もあったけれど(苦笑)、それも良い思い出となったインタビューだった。
▼プロフィール▼
ブノワ・ジャコー Benoît Jacquot
1947年、フランス、パリ生まれ。マルグリット・デュラス監督の『Nathalie Granger』(72)の助監督でキャリアをスタート。1974年に精神分析家ジャック・ラカンのTVドキュメンタリーで初めて監督を務め、アンナ・カリーナ主演の『L’assassin musicien』(76)で映画監督デビュー。ドミニク・サンダ、ランベール・ウィルソン共演の『肉体と財産』(86)、主演のジュディット・ゴドレーシュがセザール賞有望若手女優賞にノミネートされた『デザンシャンテ』(90)、ヴィルジニー・ルドワイヤンが未婚で妊娠した少女を演じ、プラハ国際映画祭最優秀女優賞に輝いた『シングル・ガール』(95)などを手掛ける。三島由紀夫の小説を映画化したイザベル・ユペール主演の『肉体の学校』(98)で高く評価され、カンヌ国際映画祭パルムドールにノミネート、名実共にフランス映画界の重鎮となる。
その他の監督作品:『発禁本─SADE』(00)、『トスカ』(01)、『イザベル・アジャーニの惑い』(02)、『肉体の森』(10)。
▼作品情報▼
原題:LES ADIEUX A LA REINE
監督・脚本:ブノワ・ジャコー
原作:シャンタル・トマ「王妃に別れをつげて」
出演:レア・セドゥ、ダイアン・クルーガー、ヴィルジニー・ルドワイヤン、グザヴィエ・ボーヴォワ
製作:2012年/フランス=スペイン/100分
配給:ギャガ
公式サイト:http://myqueen.gaga.ne.jp/
© 2012 GMT PRODUCTIONS – LES FILMS DU LENDEMAIN – MORENA FILMS – FRANCE 3 CINEMA – EURO MEDIA FRANCE – INVEST IMAGE ©Carole Bethuel
12月15日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 他全国順次ロードショー
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