『かぞくのくに』ヤン・ヨンヒ監督インタビュー:「相手にとっては痛くも痒くもないけれど、やっぱり言いたいことは言う」

ヤン・ヨンヒ監督

 1959 年に始まった北朝鮮への帰国事業で、当時“地上の楽園”と謳われた北朝鮮へと渡った在日コリアンたち。日本に残る家族と離れ、北朝鮮へと移住した兄が25年ぶりに戻ってきた。目的は北朝鮮では困難な腫瘍の治療。許可された日本での滞在期間は3カ月間だったが……。
 今作が初の劇映画となるヤン・ヨンヒ監督の実体験に基づく、多くの人に観て、考えてほしい1本。まさに魂を削って撮り上げたヤン監督にお話を伺った。

 なお、自身の体験と想いが強く反映された本作について語っていただく上で、どうしても映画のストーリーに触れる部分が多くなっている。真っ白な状態で映画をご覧になりたい方は、鑑賞後に再訪いただければ幸甚である。


■フィクションでしか語れないこと

 在日コリアン2世として大阪で生まれ育ったヤン監督の3人の兄は、監督がまだ幼い頃、帰国事業で北朝鮮に渡り、以来、ずっとあの国で暮らし続けることを余儀なくされている。これまで、『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』(公開時インタビューはこちら)の2本のドキュメンタリーを発表し、3人の兄とその家族、日本で暮らす両親との強い絆、そして家族が置かれた辛い境遇の両面を、ユーモアを交えた独特の語り口で映し出してきた。劇映画デビューとなる『かぞくのくに』では、ドキュメンタリーでは多くを語ることができなかった兄たちの姿を“物語”として伝えている。

「ドキュメンタリーを撮っているときから、“北朝鮮の人にはインタビューしない”という前提で撮影していました。今でもあそこに住んでいますから、顔と名前を出すだけで彼らにとっては十分リスキー。それ以上話してもらおうとは思っていませんでした。ドキュメンタリーでは兄を主人公にせず、父と可愛らしいソナという姪を中心にしたのもそうした理由からです。兄たちの話をするならば、フィクションとしてだと考えていました。それは、カメラの前では語れない話になってきます。一歩踏み込んだ内容になるため、私も相応の覚悟をして臨まなければなりませんでした」

 監督は記憶を辿りにたどって脚本執筆に取り組んだそうだが、過去に映画になりそうなシーンを感覚として受け止めた瞬間があったという。

「実際に兄が一時帰国したとき、劇中にもあるように同窓会が開かれたんです。実際は映画のようなギターの弾き語りではなくて、もっとベタにカラオケスナックだったのですが(笑)。何十年かぶりに再会し、皆は兄がまた北朝鮮に戻ることを分かっているから、すごく気を使って下さっていた。懐かしいから色んな話をしようとするけれど、しょっちゅうストップするんですよ。『今、何してる?』っていう話になると、共有しているものがあまりにも少ないので……。そういう光景を見ながら、ほんと、その時『映画みたいだな』って思ったんです」

■リエとソンホ、2人の代弁者

 『かぞくのくに』はフィクションではあるが、主人公リエはまさにヤン監督の分身とも言える女性。ご本人が監督される前でさぞ難しかったであろうこの役柄を、安藤サクラさんが感情豊かに演じる。そして、北朝鮮で生きなければならない兄ソンホの心境を、その佇まいで表現する井浦新さんも見事だ。
 このソンホという人物は、実は監督の3人の兄の“集合体”ともいえるキャラクターだという。

「実際に腫瘍が見つかって一時帰国したのは一番下の兄で、実物はソンホよりもっと寡黙な人。そして、映画のように私に言葉をかけて励ましてくれたのは、『愛しきソナ』のソナの父親である2番目の兄なんです」とヤン監督。さらに、ソンホ=井浦新の雰囲気からは、ドキュメンタリーに登場していた一番上のお兄さん、コノさんの物静かな姿が思い起こされるが……。
「そうなんです。それは自分でも思っていて、新さんを見るたびに『あ、コノ兄だ』て、上の兄ちゃんを思い出します。お母さんに対して優しかったり、ちょっと文学青年のような感じがするのも、確かに長兄の雰囲気がすごくあります」

 そんな井浦さんとは、ソンホという人物について、どのような対話を重ねて撮影に臨んだのだろう。

撮影現場でのヤン監督(中)と井浦さん、安藤さん

「ソンホはティーンエイジャーのすごく多感な時期に北朝鮮へ渡っています。いくら日本で貧乏だったとしても、70年代初期の北朝鮮の様子には愕然としたはずです。到着したその時に、『ここへ来たのは失敗だった』と絶対に分かったと思うんですよ。人間誰にでも選択を後悔するということはあると思いますが、やり直したり、別の方向に進んだりできる。でも、帰国事業で北朝鮮に行った約9万4000人の人たちには、脱北以外にそこから逃れる術がなかった。本当にきつかったと思います」と、兄たちの境遇に思いをめぐらせたヤン監督。「新さんには『何回も壊れている人なんです』って言ったんです」と言う。
「北朝鮮は、ある程度の信頼がないと海外に人を出しません。ソンホも、『こいつは日本に行っても逃げない』と信頼されているという、帰国者の中ではある意味“エリート”なんですよね。あの国でそこまでになるためには、本音や疑問を押し殺し、うわ言であっても反政府的なことを言わなかった。本当は何回も何回も壊れているけど、壊れきれないぐらい賢かった人だと話しました」

 ストーリーの重要な部分に触れるので具体的に述べるのは避けるが、映画では一度だけ父親の前でお兄ちゃんがキレる。

「私の実体験では、兄たちは一度も親にあんな感情をぶつけたことはない。また、私も若い時はリエのように不満をぶつけたことはない。今になってぶつけていますけど(笑)。映画だから言わせているんです。ソンホは父親に『僕の気持ちなんか分かるわけない』って言うんですよね。うーん……分からないんですよ、絶対に。でも、いくら分かろうとしても分からないんだっていうことぐらいは分かりたい。自覚したい。でないと、傲慢ですよね。そのあたりは、私自身が在日コリアンの人たちに向けて言いたいところでもある。特に、北朝鮮を支持する方々が『北の人民と一緒にがんばる』などと言われるのですが、一緒になれるわけはないんです」

■「あの国も大嫌い!」

 ヤン監督がかつてぶつけたかった感情を代弁しているリエには、どんなキャラクターを求めたのだろう?

「波風を立てないようにしているあの家族のなかで、リエは唯一正直に生きようとする人です。あの家族は、その時々の状況を受け入れて生きている。例えば、召集令状がきたら、『仕方がない』と子どもを送り出す親と、『仕方がない』と従う子どものように。不満を言っても仕方がないですから。でも、リエは不満を口にする。彼女のおかげで波風が立つんだけど、そんな彼女がまた家族の救いでもあるんです」

『かぞくのくに』は、ヤン監督が長い間、胸に溜め込んできた思いを吐き出したといえる作品。これまでカメラの前では表せなかったことを託され、正直に思いを口にするリエは、ある事があって北朝鮮の監視員ヤンと“対決”する。

「一応、北朝鮮から人は随行してきましたが、ヤンは架空の人物です。映画では尾行というより、嫌がらせみたいな見張りですよね(笑)。実際にはあんな風に、家のまん前で見張っていたということはありません。ただ、この映画では、ソンホが日本に来ても全然自由じゃないということが“大前提”としてなければいけなかった。日本にいても北のシステムで生きていることを分かりやすく表現するため、映画のようにヤンという存在を家のまん前においたんです。ですから、ヤンの存在は、あの家族の不自由さを示すための、日本における北朝鮮のシステムを現したものでもあります。それからもうひとつ、リエにはヤンに対して『あんたも、あの国も大嫌い』というセリフを言わせたかった。また、それに対するヤンの答えを絶対入れたかったので、そのためにはヤンという存在がこの映画に必要でした」

 監督が絶対に伝えたかったというヤンの答えは劇場で確認してほしいが、このヤン役を『息もできない』で衝撃的な長編映画監督デビューを果たした韓国の俳優ヤン・イクチュンさんが演じているのも本作の注目点のひとつ。彼に投げつけるリエの「大嫌い」という感情は複雑な意味を持つ。

「『嫌いだ』というのは、北朝鮮という国のシステムが嫌いだということで、そこに住んでいる人を憎んでいるわけじゃない。ヤンが嫌いなのではなくて、『国のシステムに動かされているアンタが嫌い』ということです。絶対敵わない“国”のような大きなものに対して、『嫌いよ、あんた!』なんて言っても仕方がないじゃないですか。リエはすごく子どもなんですよ。だから、ヤンからすると腹が立つというより意地らしい、正直に言えるリエが羨ましい。ここはすごく好きなシーンで、ヤン・イクチュンとサクラちゃんが素晴らしく演じてくれました。そのシーンの後、リエがまた子どもっぽく地団駄を踏むのですが、撮影時、私はあれを見て『今の私だ!』と思った。映画を作っている私はこれ。ただ、これぐらいに過ぎないんだ……という(苦笑)。相手にとっては痛くも痒くもないけれど、やっぱり言いたいことは言う。『チクショー!』って言いながらやっているんだろうなって、自分の姿を感じたんです」

■生活の隅々にまで政治がある

 これまでのドキュメンタリー2作品も含め、ヤン監督の作品は、クスッと笑えるユーモアや登場人物への優しい視点を忘れない。

「今回の作品はいっぱいいっぱい、テンパッて書いたので(笑)、ユーモアのあるシーンはすごく少ないですけど…。どんなにシンドイ生き方をしていても、人間、やっぱり笑いがないと生きていけないとも思います。うちの両親や兄を見ていると分かるんですけど、あんまりにも辛いと笑っちゃうこともあるんだなって」

 その言葉の意味がよく分かるのが、ソンホが北朝鮮に戻る前夜にリエと話すシーン。妹に託す兄の言葉に胸が締めつけられる。

「新さんが、お兄さんが笑っているのに対し、リエが泣いている。本当は泣きたいのって兄貴じゃないですか(苦笑)。それを感じ取ってもらえたら嬉しい。ピョンヤンに行くと、いつもそうだったんですよ。私が泣いていて、お兄ちゃんたちはいつも笑っている。もう、涙も出ないですよ、あの人たち……。泣く次元を超えているんでしょうね。それは大変な状況にいる人は皆そうだと思います。泣いてばっかりはいられないって。次に行かないと」

 ヤン監督の家族が背負っているものの重さ、辛さは、きっと体験していない者には生身の感覚として分からないものだろう。しかし、『かぞくのくに』は、ある家族の物語として観ているうちに私たちを感情移入させてしまう普遍性も持ち合わせている。それは政治的な作品というより、もっと身近な物語のよう……そう感じたことを伝えると、監督に「すごく政治的な映画ですよ」と切り返された。

「政治というものが、生活の隅々にまですごく影響を及ぼしているということですよね。政治的な背景がある作品をもっと楽しめたらいいのにって思います。政治的だといって、向こうに追いやってしまうのは違う。政治的な理由で離れ離れになっている家族って、日本の中でみると多くはないかもしれないですが、世界的にみるといっぱいある話です。ほかにも、大震災のあと、お子さんだけ避難させている家族などもいらっしゃるわけだし……。“離散家族”というと、別の場所に住んでいるということじゃないんだな、と。一人一人の“中”がひき裂かれていく。政治的な影響で家族が別れるということが、生活の隅々にまで深く影を落としていく。それは、日本の中でも絶対にあることだと思います」

Profile
ヤン・ヨンヒ(梁 英姫)
1964年大阪市生野区生まれ、在日コリアン2世。幼い頃3人の兄が帰国事業で北朝鮮へ渡る。東京の朝鮮大学校を卒業後、大阪朝鮮高級学校で国語教師を務める。90年に辞職し、劇団女優を経てラジオパーソナリティーに。97年に渡米、約6年間ニューヨークに滞在し、様々なエスニックコミュニティを取材する。ニューヨークのニュースクール大学大学院修士号を取得。その後ドキュメンタリー作家として05年に『ディア・ピョンヤン』、09年に『愛しきソナ』を発表、国際映画祭で数々の賞を得る。今作はベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品され、C.I.C.A.E.賞<国際アートシアター連盟賞>を受賞した。原作本となる著書『兄~かぞくのくに』(定価1,680円・税込)が小学館から発売中。


<取材後記>
正直なところ、本作を観た時の率直な感想として、劇映画としてはまだまだ荒削りな作品だと感じた。それは恐らく、劇映画的な表現や効果的な見せ方を追求する以上に、ヤン・ヨンヒ監督が登場人物の“心”や、伝えたい思いをどういった形で乗せていくかに注力したからなのではないだろうか。しかし、作り手が真に「撮らなければいけない」と挑む映画はそう何本も存在するものではない。そんなヤン監督の熱意とメッセージが素晴らしいキャスト・スタッフを動かし、稀有な強さを持った作品として成立させた。唯一無二な力を持った本作を、ぜひ劇場で観て、感じてほしい。


▼作品情報▼
かぞくのくに
脚本・監督:ヤン・ヨンヒ
出演:安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、宮崎美子、津嘉山正種
音楽:岩代太郎
配給:スターサンズ
8月4日よりテアトル新宿、テアトル梅田、シネマート心斎橋ほか全国ロードショー
2012年/日本/100分
(c)2011 Star Sands, Inc.

公式HP http://kazokunokuni.com/

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