ミッドナイト・イン・パリ
午前零時の移動祝祭日、夢のつづきは…
2012年06月04日(月)
「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。」(アーネスト・ヘミングウェイ著「移動祝祭日」新潮文庫より) 映画の中で、ヘミングウェイから「移動祝祭日」というセリフが出てきている。この映画のアイデアは、彼のこの作品からきているように思う。主人公ギル・ペンダー(オーウェン・ウィルソン)にとってのパリ体験は、まさに移動祝祭日に他ならない。それは、人生の中で一番思い出に残る日々、その後の人生に強く影響を与える日々、特別な時間。彼はそんな体験をここでした。
真夜中、鐘が12時の時を打つとき、裏通りのはずれからボーッと現れるクラシック・カー、車は過去のパリを連れてこちらにやってくる。時間を移動して「祝祭日」を届けにきたかのように。誰にでも憧れる時代というのはあるのではなかろうか。主人公ギルにとっての憧れは、20年代、「毎日が祝祭」と言われていた時代のパリだ。目の前にスコット・フィッツジェラルド夫妻が現れる。コール・ポーターが目の前でピアノを弾いている。ジョセフィン・ベイカー(伝説のアメリカ出身の黒人ダンサー)が踊っている!驚きを通り越して呆れてしまう気持ちがよくわかる。
ギルは、この時代のことをよく知っている。スコット・フィッジェラルド夫妻が悲惨な末路をたどることを、ヘミングウェイが大作家になることを。そしてこの後、大恐慌により祝祭日はあっけなく終わり、ヨーロッパが戦争の時代に突入していくことを。この時代が一瞬の煌めきであることを承知している。それでもなお、この時代に憧れる人はロマンチストなのである。その儚さも含めてこの時代を愛しているのだ。実利主義で即物的なフィアンセと根本的に合わないことは、明らかである。
彼女は12時の鐘が鳴るまで待てない女、雨に濡れても不快になるだけの女。彼自身は、自分の夢にのめりこむことで、そのことに気が付いていく。同時に彼はタイム・スリップ体験の中で気が付く。いかにつまらない時代だとしても、今の人間は、過去では生きられないことを。その瞬間、彼は単なるロマンチストではなくなり、自分の人生にとって何が大切かを理解する。この時初めて、パリでのこの体験が、彼にとって本当の意味での移動祝祭日となるのである。素敵なラスト・シーン。「もし幸運にも、若者の頃、この映画を観ることができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、この映画はついてくる。」これは、そんな作品だ。
オススメ度:★★★★★
Text by 藤澤 貞彦
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▼作品情報▼
監督・脚本:ウディ・アレン
撮影: ダリウス・コンジ
出演:オーウェン・ウィルソン、レイチェル・マクアダムス、マリオン・コティヤール、キャシー・ベイツ、エイドリアン・ブロディ、マイケル・シーン、レア・セドゥ
原題:Midnight in Paris
制作:2011年/米・スペイン/94分
公式サイト:『ミッドナイト・イン・パリ』公式サイト
配給:ロングライド
※5月26日(土)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー!