【FILMeX】サントーシュ(コンペティション)

無意識の偏見

© Oxfam

【審査員特別賞・学生審査員賞受賞】

イギリス生まれのイギリス系インド人によるインドを舞台にした映画。いかにもイギリス育ちという感じがするのは、インドの社会問題を取り上げるのに、ミステリー仕立てにしているところである。イギリスではヘレン・ミレンの『第一容疑者』など、その手の名作ドラマが数多く存在する。

サントーシュが警察官として働き始めるのは、夫の死によってである。インドでは、配偶者や父親が死亡した時に、その妻や息子、娘が後を継いでその職場に勤務することができるという、救済制度があるのだそうだ。サントーシュは教師をしていたが、警察官の宿舎を追い出されるのを防ぐため、夫の跡を継ぐこととなる。

当然ながら最初は不慣れで、人の後を付いていくのが精いっぱいのサントーシュだったが、娘が行方不明になり捜索を頼みに来た父親に対して、警察署長をはじめその部下たちがまるで取り合わず、むしろ馬鹿にしているところを見て、俄然、持ち前の正義感が頭をもたげる。ひとつには、訴えてきた男が、貧しい身なりのいわゆる不可触民だったこともあるだろう。教師をしていた彼女にとって、差別は倫理的に許されないものという意識があったはずだ。

その娘は、結局レイプされ死体となって、村の井戸の中に放り込まれていたことがまもなく判明する。殺された娘が直前にムスリムの男と合っていたことが判明したことで、サントーシュは事件にのめりこんでいく。彼女は、元々仕事を持っている女性で、夫との間に子供もいなかったことから、お葬式の際、婚家からさんざんなじられ、絶縁されたという経緯がある。女性に対する因習や差別に対して、自分自身の実感として、問題意識を持っている。この殺人事件もまた女性を軽視した、男の暴力が引き起こしたものではないかと考え、それゆえにことさら関心を持つにいたったのだ。

警察の怠慢は日常茶飯事で、ワイロを受け取るのは当たり前だし、仕事をきちんとしていない。SNSでは警察のだらしなさが動画にアップされ、人々の笑い者になっているほどである。捜索願に対して、まともに対応しなかった警察への抗議活動が盛り上がり、どうにも収集が付かなくなるに至りやっと、その批判をかわすために署長が飛ばされ、事件の担当者にベテランの女性警部シャルマンが当てられることになる。サントーシュが個人的に事件を調べていることを知ったシャルマンは、そんな彼女を認め、チームの一員に抜擢するのだ。

シャルマンは女性が差別される男ばかりの職場で警部になり、男たちとも対等に話し、部下たちを動かしていく。カリスマ性もあり、それでいて家にいる時には、女性らしい優しさも持っている。シャルマンの心の広さ、男気ある行動を目の当たりにしたサントーシュは、彼女に心酔する。ひとつひとつ学びながら、熱心に捜査をし、やがて事件を解決することになるのだが…(ミステリーなので、ここまでにしておきます)

この作品はミステリーの形をとった社会派映画であると、冒頭述べた。確かに女性に対する因習や差別、カースト制度の問題、警察の腐敗や暴力的な捜査が日常的に行われているという問題が、サントーシュの目を通してあちらこちらに散りばめられている。彼女は教師をしていただけあって、問題意識も高く偏見も持っていないようである。

しかし、本当に偏見はないのだろうか。この作品は物語を通じて、そんな彼女の限界を示す。シャルマンは本当に実力だけで警部になれたのか。サントーシュは彼女の表面だけしか見ていなかったのではなかろうか。サントーシュは犯人捜しの際、本当に偏見がなかったのか。彼女の行動には、実はそれを否定できない側面があったのだ。

この作品を通じて気が付くことは、差別意識がないと思っている人の中にも、無意識な偏見が存在するということである。所詮、人というのは自分の置かれた立場を通してしか物を見ることができないのではないか…。そのことを描いている点でこの作品は、社会派映画という枠を超えている。劇中、常にサントーシュの視点で物語が語られていることには、そのような意味があるのだ。なるほどタイトルも『サントーシュ』である。苦い結末ではあるが、それでもラスト、彼女が行き先を変更してムンバイ行きの列車に乗る顔は、意外に晴れやかである。人はそこから学び、修正することができる。そのことにこそ希望があるということなのだ。

「第25回東京フィルメックス」開催概要

名称:第25回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2024
会期:11月23日(土)~12月1日(日)
会場:丸の内TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン、プレイベント
公式HP:https://filmex.jp/

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