【FILMeX】未完成の映画(特別招待作品)

この映画は公開されないのに、どうして作りたいんだ?

©Yingfilms Pte.Ltd.,

【観客賞受賞】

『未完成の映画』も『新世紀ロマンティクス』もコロナ禍に企画された映画とのことである。 同じ時期にジャ・ジャンクー監督とロウ・イエ監督が、過去の作品の未使用シーンを使うという発想をしたというのが興味深い。『新世紀ロマンティクス』では、『青の稲妻』『長江哀歌』の未公開シーンや撮りためていた貴重な映像が使用され、『未完成の映画』では、『スプリング・フィーバー』『二重生活』『シャドウプレイ』が使用されている。特にロウ・イエ監督の『二重生活』は武漢が舞台となっていたこともあり、何か運命的なものを感じる。『未完成の映画』が作られたことは必然だったのではないかと。

 10年間電源が入っていなかったコンピューターが起動されると、経済的な理由から途中で撮影がストップし未完成となってしまった映画が入っている。監督は、今でもそのことに未練を持っており、2020年1月の春節直前に制作の再始動をすることが決まる。もちろん映画の中の監督はロウ・イエ自身ではないし、『二重生活』は完成した作品であるのだが、実際にこのようにしてこの映画も動き出したのではないかとさえ思える。(ジャ・ジャンクー監督の場合も)ドキュメンタリーを観ているのかと見まがうほど、リアルである。

 ホテルに撮影クルー、俳優たちが集まってくる。2020年1月の春節直前といえば、何が起こったか、今となっては知らない人はいない。まさに本格的な撮影に入る前にロックダウンをするというニュースが入ってくる。それでも撮影を続けようとする監督だったが、スタッフの1人がコロナにり患し倒れたことによりホテル全体が封鎖され、撮影クルー、俳優たちは中に閉じ込められてしまう。わずか1日の間の出来事。第一報では大丈夫だろうと高をくくっていたスタッフたちだったが、まさかまさかのうちに状況が悪化していく。災害が起きるときというのは、こんなものだろうか。観ている観客も渦中に放り込まれたような心地がする。

 もちろん映画は当時の出来事を再現して撮影されているのだが、やっぱりドキュメンタリーに見えて仕方がない。それぞれのスマホの映像、またコロナ禍に、Youtubeで実際に流れていた映像が、上手に編集されて組み込まれているのが、よりリアルさを高めている。当時外国の遠いところの映像として見ていたものが、この作品ではより切実さをもって迫ってきて、あたかも中国のコロナ禍の迷宮に入り込んでしまったようにさえ感じさせられる。
 
 ここまでだったら、器用な監督ならある程度は同じようにできることだろう。だが、ロウ・イエ監督は、ここから人の心の奥に入り込んでいくのである。奥さんと子供を自宅に残した主演のチン・ハオの、ホテル全体が封鎖された時の狼狽ぶりは物凄く、何とかホテルを脱出しようとして、警察官と取っ組み合いまでしてしまう。部屋に閉じ込められた後、最初のうちはすぐに帰れるだろうと楽観的に考え、スマート・フォンで奥さんを励ましていた。ここまではまだ元気である。

しかし、監督が、熱を出し別棟に運ばれていった。自分自身も体がだるい。SNSには街の悲惨な状況が映し出される。スタッフの他のメンバーとも1日の僅かな時間しか連絡が取れない。家族にいつ会えるのかわからない。彼の部屋の照明が日にちを追うごとに次第に暗くなっていく。最後奥さんに弱音を吐くシーンでは、遂に部屋の光はスマホの画面の小さな光だけになってしまう。小さな明かりに彼の顔がボーッと浮かぶ、その孤独感。

 全員が同じ気持ちを抱えていたのだろう、春節で全員がスマホの画面で繋がり、カウント・ダウンが始まると、一気にはじけてしまう。電飾を身体に巻き付けて、ネオンをライトセーバーのように振り回して踊るスタッフの一人の姿に触発されて、めいめいが好き勝手に踊りだす、その高揚感たるや。ついには制止のアナウンスが流れているにも関わらず、全員が廊下に飛び出し踊り狂うさまは、よくぞやった!お見事である。ここに映画人の反骨精神を見るような思いがするのである。中国のコロナ政策は、常軌を逸していた感がある。家の外にバリケードし鍵をかけ強制的に閉じ込めたり、トラックにテープを貼って人を閉じ込めたり、子供だけを収容施設に連れて行ったりと、ありとあらゆる人権侵害が行われた。それゆえの、よくぞやった!なのである。
 
この映画は絶対に中国では上映不可能であろう。作品の中には、政府にとって触れられたくない不都合な真実が含まれているからだ。劇中、主演俳優のチン・ハオが、制作の再始動と出演のオファーをする監督に「どうせ、この映画は公開されないのに、どうして作りたいんだ?」と問う場面がある。それに対して監督は答えることができない。これは、どこかロウ・イエ自身への問いにも思える。彼ならどう答えるであろうか。その答えこそが、この映画である。

「第25回東京フィルメックス」開催概要

名称:第25回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2024
会期:11月23日(土)~12月1日(日)
会場:丸の内TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン、プレイベント
公式HP:https://filmex.jp/

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