悪人

これは、原作のダイジェスト版?

福岡と佐賀の境にある三瀬峠で起きたひとつの殺人事件。『悪人』というタイトルに導かれるように、事件の加害者、被害者、関係者が次々登場しては、断片的に物語を展開していく。「悪人とは一体誰なのか」という犯人探しのような探求はやがて、人間が個々に抱える悪とは何か…という内なる問いに変わっていく。

今年のモントリオール世界映画祭に出品され、深津絵里が最優秀女優賞を受賞したことで、この作品への注目が高まっている。が、よく出来た(原作小説の)プロモーション映像かなー、というのが映画を観た印象。原作を読んでから映画を観るとどうしても比較してしまうが、原作を映画本編と見立てると、映画のほうは長すぎる予告編のようだ。原作者が脚本に参加することで生じる制約なのか、原作の世界を丁寧に映像再現している点で素晴らしいと感じる一方で、切り捨てられたシーンにあれこれ思いを巡らせてしまう。

役者陣では深津絵里、妻夫木聡をはじめ、脇役に至るまでゴージャス。満島ひかりや岡田将生の、観客をムカつかせる浅薄でチャラい若者ぶりも良かったが、とりわけ榎本明と樹木希林の存在は、主役たちが霞むほど。このふたりをめぐるシーンは結構丁寧に描かれていて、映画で語りたかった部分なのだろう、と作り手の意図を感じた。一方主人公・祐一は孤独で、何をやらかすか分からない捉えどころのない男ではあるのだが、やや薄っぺらい。残念だったのは、祐一が幼い頃自分を捨てた母親にお金を無心するエピソードの扱われ方だ。これこそが、祐一という男のいびつで不器用すぎる愛情をもっとも端的に表すエピソードであったと思うのに。祐一は、たとえるなら童話の「泣いた赤鬼」に出てくる青鬼だ。祐一が何故母親にお金を無心したのか。お金が必要だったわけではないのに。また、それが祐一と深津絵里演じる光代の、逃避行のクライマックスにもつながるのに、だ。

正直これまで、妻夫木君を役者として意識していなかった。映画のラスト、アップで太陽を見つめる彼は、はっとするほど「ぶさいく」だ。あの顔は当分、記憶に残りそうだ…あの瞬間彼は確かに、キャリアの新しい一歩を踏み出した(と思っている)。

原作者の吉田修一の著作は何冊か読んでいるが、「悪人」は今までにない趣向ながらも、『パレード』や『東京湾景』などの要素が垣間見えたりして、これまでの彼の作品の集大成といえるだろう。映画を観てなにか感じるところがあるなら、本屋さんに行って原作を手に取ることをおすすめする。が、ストーリーが凡庸で面白味がないと感じたなら、たぶん原作でも同じ感想を持たれることだろう。何たって、ダイジェストですから。

Text by 大坪加奈
オススメ度:★★★☆☆

製作年:2010年
製作国:日本
監督:李相日
出演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、柄本明、樹木希林
原作:吉田修一「悪人」
公式サイト:http://www.akunin.jp/

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