【フランス映画祭】匿名レンアイ相談所

アガリ症のふたりの可能性は、「マイナス2×マイナス2で、プラス4」

匿名レンアイ相談所小さなチョコレート工場を経営するジャン=ルネ(ブノワ・ポールヴールド)と、その工場に採用されたアンジェリック(イザベル・カレ)。実はふたりには秘密があった。ジャン=ルネは、工場ではとっつきにくく、一見怖そうと見られていたのに、実は精神科でカウンセラーを受けるほど深刻なアガリ症。アンジェリックは、アガリ症の人たちが集まるグループ・セラピーに通っていた。

ジャン=ルネは緊張すると、汗が噴き出してきてシャツがビショビショになってしまう。スーツケースの中には、たくさんの着替えが用意されている。手がビショビショになってしまうので人と握手もできない。そんなだから未だに独身。工場も新しいことにチャレンジするほどの気力が無く、今や倒産寸前にまで追い込まれている。気難しく見えるのは、そんな自分を隠しているからなのだ。アンジェリックは、いつも肝心なときにアガッてしまい、ひどい時には過呼吸のため、その場で気絶してしまう。そんなだから、美人だし、チョコレート造りに関しては大変な才能を持ちながらも、いつも後ちょっとのところでチャンスを逃してきた。

この作品は、そんなふたりのちょっと珍しいシチュエーションのロマンチック・コメディである。なぜ珍しいかというと、こんなふたりでは、出会いのきっかけ自体が難しい。あるいは、下手したらどこまでいっても平行線のままで終わってしまうからだ。それでは、映画にならない。実際、はじめてのレストランでのディナーでは、二人とも何を話したらいいのかわからない。アンジェリックから出てきた最初の言葉は、「中東情勢についてどう思われます」という間抜けぶり。注文をするのも容易ではない。迷っていて何ひとつ決めることができないのだから。

その後ろもお互い自信が無いので、ことごとくすれ違ってしまう。うまくいきそうで、うまくいかない。それでもふたりを結びつけていたのは、「チョコレート」という魔法があったからである。「甘いだけではだめ、苦味がなくては」ふたりの舌は美味しいものを見極めるという点で天下一品。ふたりの神経同様にとても繊細だ。だからチョコレートの話をするときは、いつでも意見があってしまう。仕事場でこれから造るチョコレートについて話をする時のふたりには、壁がない。

ジャン=ピエール・アメリス1

【昔はアガリ症だったアメリス監督】

こうした思い切ったシチュエーションのコメディを作ったのにはわけがある。実はこれ、10年前に、ジャン=ピエール・アメリス監督自身が「匿名アガリ症の会」(映画の原題と同じ)というのに参加していたという点で、彼にとって自伝的な作品なのだ。今では舞台で堂々としゃべっている監督だが、家から出るのが辛かったり、階段で誰かとすれ違う時、逃げるようにさっさと走り去ってしまったりというようなことがあったのだそうだ。それで参加したその会には、普段教壇に立っているはずの大学の先生などさまざまな職業の方たちがいて、自分だけではなくて誰もが苦労しているということがわかり、そのことが自分にとって力になった。その経験がこの映画を作らせたのだという。確かに、そういう人ならば、そういう場に出て行くこと自体が大変勇気のいることだと思うし、またそれだけに、会の存在を知っていても足が向かない人たちもたくさんいるはずである。もし、そうした人たちがこの映画を観て「ああ自分だけではないのだ」ということを感じて、勇気を持つことができたとしたら、それは素晴らしいことである。

 この作品は、シリアスなドラマにすることももちろん可能な題材である。どうしても人に打ち解けられずに、恋人を作ることができない。そうしてひとりメソメソと泣いている女性を主人公にしたエリック・ロメール監督の『緑の光線』という作品もある。しかし、ジャン=ピエール・アメリス監督はそうは考えなかった。「匿名アガリ症の会」の経験から、そうした人たちにこそ笑いが必要なことを、身をもって知っていたからだ。「笑うことで自分を客観的に見ることができる。それが治療になるのです」と。それゆえ、この作品では、当人たちの深刻な苦労も、決してジメジメした方向にはいかず、徹底的に笑いへと昇華させていくのだ。

ジャン=ピエール・アメリス2

【温かそうなお人柄がにじみ出る】

 作品中では、イザベル・カレが歌を歌うシーンが何回か出てくる。ひとつは、夕食に誘われたアンジェリックが、ギャラリー・ヴィヴィエンヌ(高級ショッピング・モール)で浮かれて歌を歌うちょっとミュージカルっぽいシーン、後は心を落ち着かせるためにひとり歌を歌うシーン。この映画に色を添えている。けれども、これもまた、実体験から生まれたものなのだという。主演のイザベル・カレ自身が、インタビューを受ける時、舞台に上がる時に不安でアガッてしまうタイプで、そんな時、「例えば小さなときに覚えた歌♪サウンド・オブ・ミュージックや♪キャンディキャンディ(もちろんあの日本のアニメ)の主題歌」を実生活でも歌っているというのを聞いて、映画でそれを取り上げたのだそうだ。こんなところにまで、アガリ症の人たちへの配慮がなされているのである。
 
 この作品が素晴らしいところは、アンジェリカが最後まで「ふたりはお互い気持がわかりあえるのはいいのだけれど、分かり過ぎてお互いを甘やかしてしまい、マイナスになるのではないか」と迷っているのに対して、ひとつの結論を出すところである。すなわち「マイナス2+マイナス2はマイナス4」と考えるのではなくて、「マイナス2×マイナス2はプラス4」と考えることもできると。後は本人たち次第。克服はできるものであるとしている点だ。この作品、一見するとベタに見えてしまうところもあるが、ジャン=ピエール・アメリス監督自身がアガリ症だったからこそ、実は細かいところまでに配慮がなされた、どこまでも温かい作品なのである。

 最後にQ&Aの中で、この作品の続編の可能性について質問がなされていたが、彼らふたりのその後の可能性を示したかのようなビデオ作品があるので、興味のある方はご覧になってみてください。もちろん主演の二人が登場します。

http://www.youtube.com/watch?v=jdHJEBaERCU&feature=youtu.be

Text by 藤澤 貞彦

オススメ度★★★★☆

監督:ジャン=ピエール・アメリス
出演:ブノワ・ポールヴールド、イザベル・カレ
2010年/フランス/80分
原題:Les Emotifs anonyms
★セザール賞2011 最優秀女優賞ノミネート
★トライベッカ映画祭2011 最優秀フィクション


【フランス映画祭2011】 6月23日(木)~26日(日)
有楽町朝日ホール/TOHOシネマズ日劇にて開催
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2011/

※フランス映画祭2011の観客賞は『匿名レンアイ相談所』(Les Emotifs anonymes/ジャン=ピエール・アメリス監督)に決定しました

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