【フランス映画祭】Chantrapas(原題):作品紹介とトーク・ショーレポート
「愛すべきシャントラパたち」
2011年06月26日(日)
※『汽車はふたたび故郷へ』のタイトルで、2012年2月18日(土)より岩波ホール他全国順次ロードショー!
6月25日、この映画祭の目玉のひとつ『Chantrapas(原題)』(オタール・イオセリアーニ監督)が上映され、終了後にはトーク・ショーが開催された。
【作品紹介】
オタール・イオセリアーニ監督は、元々がソビエト連邦時代のグルジア出身。1979年にもっと自由に映画を作りたいという理由で、フランスに渡った。実は彼の作品は、ソビエトでは公開禁止になっていたのである。本作は、そんな監督の半生を思わせる極めて自伝的要素の高い作品である。映画の冒頭の試写室で映される映画のカラーは、モス・フィルム時代のどこか懐かしい色が出ているあたり、随分細かいところにも気が配られている。
作中の映画監督は、ソビエト時代「このシーンは体制批判ではないか」と、製作者にまったく作品が受け入れてもらえず、編集を巡って対立している。また、彼はフランスに渡ってからも、今度は商業的な理由から製作者と対立し、ソビエト時代とまったく同じようなシーンが繰り返されることになる。「ぼくの映画は商業映画じゃないって言ったのに」というセリフだが、資本主義経済の国で、商業抜きで映画が成り立つはずもなく、そう言いきってしまえる主人公はやはり共産圏の国の人という矛盾を感じさせられるのが面白い。イオセリアーニ監督はそこまでは頑なではないはず。結局この劇中の監督は、当時世界を二分していた、資本主義陣営でも共産主義陣営どちらにいってもはみ出してしまうという点が、いかにもイオセリアーニの世界の住人らしい。
また、イオセリアーニ監督の作品は、いつも昼間からお酒を飲んでフラフラしているようなぐうたらで、でもどこか憎めない人物が出てきたり、大きな動物やクジャクがなんの脈絡もなく庭を歩いていたり、映像も自由気ままで、ユラリユラユラと動いていくみたいなところがあって、極めて個性的である。この劇中の監督も、シスターにタップ・ダンスを踊らせてみたり、キリスト役のオーディションで、キリストとは似ても似つかぬ、酒太りした男を選んでみたりと、自由気ままで、イオセリアーニ監督自身と二重写しになってくる部分がある。いわば、イオセリアーニ作品の中にもうひとつのイオセリアーニ作品があるようなもので、そうした意味で、一粒で二度おいしい映画でもある。
【トーク・ショー】
初めて、生で見るオタール・イオセリアーニ監督、登場するや、満場の拍手が送られ、ホール内は大いに盛り上がった。監督は、1934年生まれというから今年で77歳なのだが、一言でいえば、カッコいいおじいさんだ。顔の雰囲気は、頑固で、ユーモアがあって、ちょっと変りもので知られる英国の俳優アレック・ギネスが入っているような。最初の挨拶は、監督の母国語であるゲオルギア語(日本での通称名でグルジアのこと、以下ゲオルギアで統一)と、現在住んでいる国の言葉フランス語で行われたのが印象的だった。彼の映画の言葉はフランス語だが、作品世界はゲオルギア的だからだ。
「私は今回日本に来られた事をとても誇らしく思っていますし、日本の皆様の勇気に対して、完全に魅了されました。」
次に、司会者が、Q&Aに移ろうとしたところ、監督からどうしても日本の人たちに伝えたいメッセージがあるということで、話をされた。ちょっと長いが、大事なところなので丸ごと採録する。
「皆様は、もっとも高貴で愛すべき民族の中からひとりひとりと順番に選ばれて全員が虐殺されるさまをご覧になっていません。韓国や中国に日本軍が攻略を行いました。日本の方々はそれを誇りには思ってらっしゃらないでしょう。しかし、時は過ぎすべては変わります。日本の方々は再び優しく親切な方たちになりました。私は多くの体験をしてきました。私の父は30年間ソ連の収容所に入れられていました。ボルシェビキ主義は本当に耐えがたい津波のようなものでした。もうひとつの別の津波はドイツのナチズムです。人類はそれをそんなに早くは忘れ去ることはできないでしょう。チリで津波(チリのピノチェトによる独裁政治と民衆への弾圧)が起きました。イランでも、イラクでも、アフガニスタンでも。私は革命を信じません。すべての革命は悪い終わり方をします。これは自分自身の実体験に根差した確信です。落ち着いてください。そして平和の中で暮らしてください。日本を襲う一番大きな不幸が自然災害だけで済みますように。教養のある人を育ててください。そして島の上に住んでいることを忘れないでください。つまり、世界の国々の不幸から少し離れたところに日本はあるということを思い出してください。私はお辞儀は大嫌いなのでしませんが、日本の方々を尊敬しています。なぜならば、日本人はひとつの民族だからです。」
このメッセージには、監督がこれまで生きてきた歴史や、これからの希望が込められている。また、最後の部分「ひとつの民族」(日本は必ずしもそうではないのだが…)というところ、そこにこだわるのが、ゲオルギア人の不幸な歴史の裏返しにも思える。彼の作品の自由への志向の本質はこんなところにあるのだろう。私たちも真摯にこの言葉を受け止めたい。
つづいて、「それでは質問で私を困らせてください」という監督自身の言葉によって、一転和んだ雰囲気で、Q&Aは始まった。
—ゲオルギア人気質を教えてください
「ゲオルギア人の気質は、自分たちがプリンスであり、同時に愚か者であることが完全にわかっているところです。馬鹿げたことを行うことにためらいはありません。権力の座についていてお金持ちの人たちを敬わない、むしろ軽蔑します。ゲオルギア人の女性はお金を持っている男性を探しません。正直な人を探します…こんにち地球上のすべての人々が疲れています。だから小さな馬鹿げたこと、いたずらができる人を見ると嬉しく思います。よろしければ、皆さんの前で馬鹿なことをちょっとしてみましょうね。」
なんと、監督は突然ゲオルギア語の歌を歌い出した。それも高らかな声で。びっくり。
さらには、「どうぞ皆様も馬鹿なことをしてください。不服従な人であってください。お辞儀はやめてください。お辞儀は自分に近づくなと同じことです。通訳にお辞儀をされると悪夢のようです。」
と言って通訳の方の肩を抱き寄せる。真面目なことを言うと、その後必ずお茶目なことをしないではいられない。これがまさにゲオルギア人気質!
—映画のタイトルChantrapasの意味を教えてください
「パバロッチ(ルチアーノ・パバロッティ)はご存知でしょうか。私は彼のようには歌えませんが…」(また歌を歌い出す、お茶目だ) 「彼の歌唱法はベルカント(喉に無理なく低音から高音まで、気持ちよくのびやかに歌える方法)と言います。昔サンクトペテルスブルグにイタリアからベルカントの先生たちが来ました。その当時こちらではフランス語が話されていました。ところがイタリア人は、フランス語もロシア語もできない。そこで彼らはフランス語をふたつだけ覚えました。シャントラとシャントラパです。すなわち彼は歌うようになるだろう。彼は歌うようにはならないだろうという意味です。こうしてシャントラパというカテゴリーに入れられた子供たちは歌のレッスンから排除されました。すなわち試験に落ちたのです。実は、ムソグルスキー、グリンカもシャントラパでした。その後言葉が独り歩きして、あなたはシャントラパだとロシア語で言うようになりました。それが普通名詞になり、概念としては役立たず者のことをシャントラパという風になったのです。私の経験から、シャントラパに属する人たちは、全員愛すべき素晴らしい人たちです。シャントラパという言葉を覚えてください。シャントラパは大臣でもない、ビジネスマンでもない。お金を稼ぐこともない。でもシャントラパは親切で優しい人たちです。」
「ベルルスコーニ(元伊首相)はシャントラパではありません」(場内笑)
「サルコジ(仏大統領)もシャントラパではありません」(場内笑)
「ドミニク・ストロスカーン(元IMF専務理事)はシャントラパではありません、ただ最近アメリカのホテルで問題を起こしたという点では、少しばかりシャントラパをしてしまったのです。彼はメイドさんをレイプしようとしたということになっています。とても感じのよい行為です。」(場内さらに大きな笑)
イオセリアーニ監督の作品に、いつも世間からはみ出している人たちが出てくることの理由、それは、ここにあったのだ。彼らこそ、まさに彼が愛してやまない「シャントラパ」のお手本たちではないか…。このように、本作のタイトル『Chantrapas(原題)』は、彼の作品の根幹を指している言葉なのである。半自伝的な作品にこのタイトルをつけたことの意味はとても深い。
Text by 藤澤 貞彦
オススメ度★★★★★
監督:オタール・イオセリアーニ
出演:ダト・タリエラシュヴィリ、ビュル・オジェ、ピエール・エテ
2010年/フランス=グルジア=ロシア/126分
原題:Chantrapas
配給:ビターズ・エンド
2012年早春、岩波ホールほか全国順次公開
★2010年カンヌ国際映画祭特別招待作品
【フランス映画祭2011】 6月23日(木)~26日(日)
有楽町朝日ホール/TOHOシネマズ日劇にて開催
クロード・シャブロル特集ほか、特別イベントや写真展も開催予定
チケット情報やスケジュールなど、詳細は↓でご確認ください
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2011/
お問い合わせ:ハローダイヤル 050-5541-8600 (8:00~22:00)
2011年7月1日
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