【フランス映画祭】セヴァンの地球のなおし方

直すべきなのは地球ではなくて人間だ!

セヴァンセヴァンとは、92年の地球サミットで環境問題についてスピーチを行った少女セヴァン・スズキのこと。「地球をこれ以上壊し続けるのは、もうやめてください」子供が大人に対してこのような大きなメッセージを初めて訴えたということで、当時大きな話題になったものだった。そのセヴァン・スズキももう、30歳。今丁度子供が生まれようとしていた。その後の世界はどうなったか。「地球サミットの当時はすごい反響で、政治家の間でも環境問題がよく取り上げられたが、その後は経済が優先してしまい、結局今も何も変わることがなかった。」この作品は、当時の彼女のスピーチを挿入しながら、環境問題の今を検証していくドキュメンタリーである。

この映画を観る前、私はこの作品が過激な環境至上主義のようなものだったらどうしようと、危惧するところがあった。ジャン=ポール・ジョー監督が、日本に来て以来、「原発絶対反対」と書かれた鉢巻きをして記者会見に出ていると、ネットで紹介されていたからだ。けれども映画が始まってすぐにその不安は消えた。なぜなら、主人公のセヴァン自身が、これから子供を生んで育てようとしていたからだった。「人間が増えれば環境を汚すから私は子供を産まない。こんな過激な思想には私は付いていけない。」確かにその考えかたは、それじゃ生きている自分は何なのだという矛盾に必ず行きあたるわけで、私もそこに欺瞞を感じてしまう。そうではなくて、「子供を産むことで、未来をこの子のためにもより良くしていこうという力が生まれてくるのだ。だから私は子供を産む。」とセヴァンが高らかと宣言していること、そこがいいと思った。「大切なのは生活の質と健康、そして子供。だから私は自己中心的に、自分たちをどう救うかを考えていきたい」ここには、欺瞞も偽善もない。そしてこれなら、誰もが実践できることである。

ジャンポール1

ジャン=ポール・ジョー監督

ジャン=ポール・ジョー監督は、今回の来日で、原発についての映画を製作し始めている。映画終了後のQ&Aで監督は、「ここ(有楽町朝日ホール)からTEPCOの本社が近いのですが、そこには行かれましたか」という質問に対して、「私はそういう場所よりもまず、祝島で30年間原発反対の運動をし続けた人たち、福島の原発で今実際働いている人たちの話を聞きたい」という風に答えた。 実際、この作品を観ていても、彼の作品の視点というのは、働くことによって環境問題に取り組んでいる農民や漁師であったり、農薬の害で実際に傷ついてしまった農民であったりと、生活者、民衆の側に寄り添った形となっている。そこにとても好感を持った。消費者よりも、彼らこそが環境の変化によって一番初めに、しかも直接的なダメージを受ける弱者たちであるからだ。

 キャメラは世界各地に飛ぶ。福岡県で合鴨農法によってオーガニック米を作る古野農場、フランス、バルジャック村近くの原子力発電所、コルシカ島のワイン農家、セヴァンの住むカナダの漁師町などなど。世界規模の環境の変化によってもたらされる災害。セヴァンの住むカナダの漁師町では、魚や昆布の収穫量がすっかり減ってしまっている。そして、港にはもう長いこと出港していない漁船が係留されている。あるいは、嵐で森が壊滅状態になってしまった村もある。

 環境を破壊する原因は、経済の効率化、農産物の自由化による競争の激化などの理由が挙げられる。コルシカのブドウ農家は、島の外から安い農産物が入ってくるため、島の農業が立ち行かなくなってきている現状を訴える。「なぜ、島に豊かな大地があるというのに、外から農産物を仕入れなればならないのか」と。

資本家は、農民の意志など無関係。儲かればそれでよいから、山羊を飼育するのに適した土地に、そこには適さない牛を放す。大量に生産すれば値段が安くなり競争力が増すという理由で、危険な遺伝子組み換え野菜を植え、農薬を散布する。それらが、私たちの世界をジワジワと変えていく。まず、最初に苦しむのは、生産者だ。農薬の中毒に苦しむ農家の人たちが登場するが、悲惨である。彼らはそれをそんなに危険なものとは知らずに、ただただ上の言うことを信じて、真面目に働いてきただけであるのに、なぜそんなにも惨い目に合わなければならないのか。役所は「農薬は危険なので、きちっと防護服をつけて散布してくださいと言っているが、それってなんだかおかしくないですか」そんな疑問を投げかける農民もいる。

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監督、ひとり置いて古野隆雄さん

 こうした中で、福岡県で合鴨農法によってオーガニック米を作る古野農場は私たちにひとつの希望を与えてくれている。アイガモが害虫を駆除してくれるため、農薬は一切使わず、しかも農閑期になったところで、アイガモは出荷できるという一石二鳥。これ実は、日本では安土桃山時代、豊臣秀吉が奨励したこともある古い農法なのだそうである。ただ、アイガモの飼育が難しいということもあり、その後廃れてしまったのだとか。けれども、映画を観ていると、きっとその時代よりも改良されたのだろう、見事に機能しているように見える。人間が生きている以上、環境は悪くなるもの。だったら、少しでも自然と共生していくことが、環境破壊を防ぐひとつの方法なのではないか。これはひとつの重要な提示である。ヨーロッパの映画祭で、舞台挨拶をした古野隆雄さんは、スタンディング・オベーションをもって観客に迎え入れられたという。このことは、ヨーロッパの観客にも彼の農法が、ひとつの希望として受け取られたことを意味しているのではないだろうか。本日のQ&Aの中で古野隆雄さんがこんなことを言っていたのが印象的だ。「この映画のタイトルは、『地球のなおし方』ですが、直すべきなのは地球ではなくて人間をなおさなくてはいけないのです。ひとりひとりのライフスタイルを見直さなければいけないのです。」誠にそのとおり。この作品は、地球ではなくて、映画を観た「わたし」「あなた」への処方箋なのかもしれない。

この作品は6月25日より渋谷アップリンク、東京都写真美術館ホールにて公開されます。ぜひご自分の目で確かめ、考えるための材料にしていただければと思う。

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ジャン=ポール・ジョー監督原発を語る

【原発について】

作品の中でも原発のことが取り上げられている。「原発の放射のゴミは、未来の人たちにどんな悪影響を与えるのか、想像さえつかないもの。それゆえ、これは人類の究極のモンスターです」と。
バルジャック村近くの原子力発電所の建屋には、子供の絵が描かれている。それが安心感を与えるかのように。原発のまやかしというのは、どこの国も似たり寄ったりである。監督は今回、「原発絶対反対」の鉢巻きをしているのを見てもわかるとおり、ひとつの決意を胸に来日したようだ。「福島の原発の事故の現状をカメラをもって証言すること。これは映画監督にとって非常に重要なことだと思います。」「祝島の原発反対の運動を30年に渡ってしてきた人たちの取材にも行ってきました。その運動のお陰でいまだに原発の建設はストップしています。この素晴らしい抗議というのがこういう日本から生まれているわけです。次回作では、当時は若い女性、今ではおばあちゃんになったこの人たちの潔い、本当に力強い対話をぜひ証言しようと、今回カメラを持って行ってまいりました。」そして、あの鉢巻きも実は「あの祝島のおばあちゃんたちに贈られたもの」であることを明かしてくれた。次回作も待ち遠しい。

Text by 藤澤 貞彦
オススメ度★★★★☆

監督:ジャン=ポール・ジョー
出演:セヴァン・スズキ、古野隆雄、バルジャック村の人々、ほか
2010年/フランス/115分
原題:Severn, la voix de nos enfants
配給:アップリンク
6月25日より渋谷アップリンク他公開

【フランス映画祭2011】 6月23日(木)~26日(日)
有楽町朝日ホール/TOHOシネマズ日劇にて開催
クロード・シャブロル特集ほか、特別イベントや写真展も開催予定
チケット情報やスケジュールなど、詳細は↓でご確認ください
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2011/

お問い合わせ:ハローダイヤル 050-5541-8600 (8:00~22:00)

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