アリス・クリードの失踪

ジェマ・アータートンの度胸の良さに大注目!

登場人物はたったの3人。資産家令嬢アリス・クリード(ジェマ・アータートン)、彼女を莫大な身代金目当てに誘拐する中年男ヴィック(エディ・マーサン)と若い男ダニー(マーティン・コムストン)だけ。アリスは白昼堂々、路上で誘拐されるが、そこに居合わせる野次馬的な通行人なども登場しない。誘拐後もアリスの父親は警察に連絡し、警察もそれなりの捜査を進めているのかもしれないが、そのようなシチュエーションは、スクリーンには一切登場しない。ヴィックとダニーが言葉を交わすことなく、テキパキと誘拐準備を進める冒頭から、ラスト、スクリーンから全ての映像が消えるまで、3人の息詰まる心理戦がひたすら展開される。

ヴィックが立てた完璧な誘拐計画を着実に遂行する犯人の男2人と人質アリスの力関係は、アリスが圧倒的に不利な状況だ。人数的にも、体力的にも、精神的にもヴィックとダニーが優位に立ち、アリスは彼らの命令に逆らえば殺されるという命の危機に怯えるばかり。ところが、ある事がきっかけで、その力関係が一気に逆転する。そして完璧なはずの誘拐計画が、人間の弱さや愚かさで歪められていく。故意あるいは偶然に引き起こされるシチュエーションに応じて、3人の立ち位置が目まぐるしく変化するのだ。それはまるで下克上ゲームのよう。誰が真実を話しているのかも判然としない。観る者をも疑心暗鬼にさせ、一瞬たりとも目を離せず、引きこまれてしまう。そして、その顛末と“アリス・クリードの失踪”というタイトルの持つ深い意味がぴったりと重なり合った瞬間、あまりの見事なまとめ方に思わず唸ってしまった。

3人の俳優はそれぞれ地に足の着いた堅実な演技を披露しているが、とりわけ目を見張るのはアリス役ジェマ・アータートンだ。彼女は『007/慰めの報酬』(08)のミス・フィールズ役で注目され、『タイタンの戦い』(10)、『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(10)のハリウッド大作のヒロインを相次いで務めた、今年25歳の英国人女優。目の覚めるような超美人というわけではないが、可愛らしい笑顔が親しみやすく、好感度の高い女優の1人だ。そんな彼女の新作とあっては絶対に観なければ!と意気込んでいたものの、ものすごい展開に吃驚ものだった。

本作の撮影は『プリンス・オブ・ペルシャ』の後に行われたが、ジェマ曰く「(『プリンス・オブ・ペルシャ』で)王女を演じた後だったので、全く異なる役をやりたかったの」とのこと。『プリンス・オブ・ペルシャ』では崖から飛び降りたり、馬で駆けたりと、アクションシーンが多かったので、それなりに大変な現場だったと推測する。だが、ハードなアクション大作の次に出演するのなら、もっとお気楽なラブコメで良かったんじゃないか・・・。何も好き好んで(?)、精神的にも肉体的にも追い詰められる役を選ばなくても・・・と思ってしまう。

なぜなら本作のアリス役は、ジェマがハリウッドで演じてきた役柄からの格下げ感は否めない。何せ、誘拐後のアリスが身につけているのは、ユ○クロでも購入できるようなスウェット。前作の高貴で誇り高い王女役からはえらい落ちぶれよう(?)だ。そのうえ、両手両足を手錠でベッドに繋がれ、目隠しされ、口には猿ぐつわがはめられる。用を足したくてもトイレに行くのを許されず、女性としてはかなり屈辱的な行為を強要されるハメに。泣きわめいているのでメイクも崩れ、眼の周りはマスカラやアイシャドーがはげ落ちてパンダ状態。身も心も極度の緊張状態にあるので、映画を観る前に期待していたような彼女の麗しい笑顔は皆無だ。

しかも、アリスが無理やりスウェットに着替えさせられた際には、美しい肉体が無防備なほどに露わになる。(ちなみに、下着まで脱がせた男2人は豊満な女性の体を目の前にして、なぜ欲情することなく手際よく“仕事”をこなせるのか?と素朴な疑問を抱いたが、後に「・・・!」な展開になる。)ジェマは果敢にヌードシーンや暴力を振るわれるシーンにも挑んでおり、生半可ではない女優魂を炸裂させている。大作映画のヒロインを務めた後にここまで頑張らなくても・・・と、こちらが心配になるくらいの体の張りようだ。彼女の全身からは、誘拐された直後には犯人から服従を強要される恐怖心や、何とか脱出しようとする凄まじいまでの執念が発せられて、圧倒される。

過酷なシーンの連続にも関わらず「撮影が終わったとき、これをやり遂げたんだから、これからは何でもできるわと思った」とさらりと言ってのけるジェマ、何と向上心のある女優ではないか!彼女の気持ちいいくらいの度胸の良さは、女優としてのさらなる飛躍を予感させる。
その証拠に、彼女の元には次々に出演オファーが届いている。なかでも期待大なのは、ニール・ジョーダンがメガホンを取る『ビザンチウム(原題)/ Byzantium』。こちらではシアーシャ・ローナン(『つぐない』『ラブリー・ボーン』)と吸血鬼の母子を演じるというのだから、大いに興味がそそられる。本作で大熱演を見せたジェマが、今後の作品でどういう姿を見せてくれるのか、早くも楽しみだ。

・・・と、ついつい先走ってしまうが、まずは本作で、次世代の映画界を嘱望されるジェマの演技を、存分に堪能していただきたいところだ。彼女の演技力にも肉体美にも、釘付けになること間違いなし!本作は彼女のキャリアにおいて、ターニングポイントとなり、新たな代表作として語り継がれるのに相応しい作品だ。

Text by:富田優子
オススメ度:★★★★☆

製作国:イギリス、製作年:2009年
原題:Disappearance of Alice Creed
監督・脚本:J・ブレイクソン
出演:ジェマ・アータートン、マーティン・コムストン、エディ・マーサン
公式サイト:http://www.alice-sissou.jp/
配給:ロングライド
(C)CINEMANX FILMS TWO LIMITED 2009
6月11日(土)より、ヒューマントラスト有楽町&渋谷にて公開

トラックバック 2件

  1. soramove

    映画「アリス・クリードの失踪」意外な展開の密室劇…

    「アリス・クリードの失踪」★★★☆ ジェマ・アータートン、マーティン・コムストン、 エディ・マーサン 出演 J・ブレイクソン 監督 101分 、2011年6月11日, 2009,イギリス,ロングライド (原作:原題:THE DISAPPEARANCE OF ALICE CREED)                     →  ★映画のブログ★                      どんなブログが人気なのか知りたい← 「富豪の娘アリス・グリードは 二人組の男に誘拐され、監禁される、 身代金の要求…

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