(ライターブログ)レンブラントは誰の手に

人はなぜ、絵画を所有したがるのか【映画の中のアート #24】

自分にはいわゆる「コレクター癖」がない。なので、モノを収集するコレクターの方々の思いや習性と言うのはなかなか理解しがたいものがあります。特に、絵画を所有したいという気持ちは、私から最も遠いところにあるような気がしています。

本作は、17世紀オランダの巨匠レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の絵画の「所有」を巡るドキュメンタリーです。監督は『みんなのアムステルダム国立美術館へ』(14)のウケ・ホーヘンダイク。『みんなの~』は美術館の改築を巡って様々な立場からの視点を巧みに取り入れ、「美術館は一体誰のものか?」という問いを投げかけた作品でしたが、本作では「絵画は一体誰のものか?」と言う問いがテーマとなっていると思います。

もちろん、絵画も結局は「モノ」であるため、「金を出して買った者が所有権を握る」のは自明です。では、なぜ人は絵画を欲しがるのか。本作では大きく分類して4つのケースを紹介しているのではと考えました。

まずひとつは、オークションに出品された絵画「若い紳士の肖像」をレンブラントの真筆と睨み購入した画商のケース。この場合、レンブラントを自分が発見したい気持ちが強いため、真筆でなければその行動の意味はない。オークションに臨む人の中には転売目的の方もいますが、本作で登場した画商ヤン・シックス11世の家は、先祖がレンブラントに肖像画を描いてもらうような!名家で、レンブラントへの思い入れは別格。さらに、彼自身の研究者としてのプライドが原動力ともなっています。つまり、「レンブラントでなければ意味がない」わけです。

第二に、国家の権威として所有したいというケース。フランスに在住するロスチャイルド男爵が税金対策のために手放す羽目になったレンブラントの「マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像」(1643)。この絵画の国外放出を阻止したいルーヴル美術館と、巨匠の祖国オランダのアムステルダム国立美術館が購入を巡って争ったエピソードはとても興味深かったです。まあ、この絵画が高価すぎて(1憶6000万ユーロ、約200億円)、単館では購入できないのがそもそもの要因なのですけど、レンブラントくらいになると問題はもはや美術館のレベルを飛び越え、国家の威信をかけた外交問題にまで発展してしまいます。名品を所有していることが国家の権威を上げるという考え方は、ルーベンスの絵画を欲しがった王侯貴族や、総統美術館の建設を目論んだヒトラーの心理にも共通するものではないでしょうか。つまり、「所有できなければ意味がない」。

レンブラント・ファン・レイン「マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像」(1643)

第三は、貴族などの富裕層が昔からその絵画を所有しているケース。まあこの場合は、何故欲しがるのかというよりは前からここにあるわけで、手放す理由もないと言うことですね。特に本作で紹介されたスコットランドのバックルー公爵は、レンブラントの「読書する女性」という絵画の虜になり、もはや家族同様の存在として愛情を注いでいます。この作品は私もはじめて本作で観ましたが、老いた女性の読んでいる書物が下からの光源となって顔を照らしており、光を駆使したレンブラントならではの本当に素晴らしい作品だと思いました。つまり、彼にとっては「この作品でなければ意味がない」。

第四は、財力のある資本家が有名な画家の作品を購入し、個人で楽しむのみならず多くの人に見てほしいという気持ちから美術館へ貸し出したり寄贈するパターン。ただ、本作で紹介された人物の言動を見ていると、絵画への愛情と言うよりは人気作品の前で写真を撮ったりなど、「インスタ映え」のために珍しいスイーツを食べに行く人々の光景とどこか似ているように感じてしまいました。ひょっとしたら、買うモノは絵画でなくても良いのかもしれないですね。これは「認知されなければ意味がない」ケースに当たるのではないかと思います。

そもそも、レンブラントが生きていた時代は注文主の発注によって描かれるので、発注者が「公」であれ「私」であれ、はじめから目的はそれぞれで異なっています。そして長い時間の経過の中で所有者は変わり、当初の目的も絵画の持つ意味もその時々で変わるものなのかもしれない。こうなるともはや芸術家の意図などは無視され、作品は一人歩きしていく。こう考えれば、芸術作品とは他の「モノ」とは違う、稀有なものだと思います。本作の原題「My Rembrandt」は言い得て妙で、所有者が抱く絵画への思いもそれぞれに異なる。しかしながら、きっと多くの芸術家は、やはり人々に見てほしいという気持ちで作品に挑んだのだと思うのです。そして、所有を巡るスタイルは個々あれど、私のような一般人にとって美術館に行って自分の目で観ることができることはありがたいのです。インターネットが発達し、個人蔵であっても画像データがネット上にあったり、オンラインで世界の美術館を探訪できる世の中にはなったけれど、ファンにとって「推しの絵画に実際に会いに行けること」は大事だと感じています。

最後に。作品を所有する理由も多々あるけれど、手放す理由もそれぞれで興味深い(本作のロスチャイルド家然り)。今後、その辺に焦点を当てたドキュメンタリーがあったら見てみたいですね。


2021年2月26日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
©2019DiscoursFilm

▼絵画▼
レンブラント・ファン・レイン「マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像」(1643)
ルーヴル美術館/パリ、フランス
アムステルダム国立美術館/アムステルダム、オランダ

▼参考▼
映画の中のアート♯8 みんなのアムステルダム美術館へ 集団肖像画を生み出したオランダならではの狂騒曲

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