【TNLF】ホワイト、ホワイト・デイ

妻を亡くした男が霧のなかで見た風景

 白い霧で地面も、海も、空も真っ白になってしまい、区別がつかなく時がある。そんな時亡霊の声が霧の中から聴こえてくる…。『ホワイト、ホワイト・デイ』は、そんな状況の中、道を見失ってしまった車がガードレールを超えて、崖下に転落していく衝撃的な場面から始まる。間もなくそれが、主人公の元警官インギムンドゥルの妻の車であったことがわかる。それから暫く時が過ぎて…。定点カメラで彼の家の四季の風景を写し出して、時の経過が表現される。霧に覆われ、雪が降り、雨に変わって、やがて緑が芽吹く。その頃になると、ようやく家に車が出入りし、人が活動する姿も見えるようになる。背後にある山が近くに見えたり、遠くに見えたり、まったく見えなくなったり。世界が縮んだり伸びたりするような心持がする。風景が人を作る。そういう意味では、前作『ウィンター・ブラザーズ』でもひたすら真っ白な世界を描いて見せた、アイスランド出身のフリーヌル・パルマソン監督の心の風景が、ここにあるような気がする。

 パルマソン監督の作品の特徴は、音である。『ウィンター・ブラザーズ』では、ひっきりなしに響く重低音が、観客を闇の中に閉じ込めてしまい、ここから逃げ出しても逃げきれないといった類の閉塞感に観客を引きずり込んでいたが、この作品では、クラシック調の澄み切った音楽が、画面を右に左へと横切っていく。何かに耳を澄ませるかのような感覚が全編を貫いている。インギムンドゥルが、孫娘に語って聴かせた物語の死者の声、崖を転がっていく岩の音、それが最後に水に落ちる時のポチャンという音、霧の中から聴こえてくるかすかな小川の流れの音。亡くなった妻の声を探し求める、インギムンドゥルの切実さがそこにあるかのようである。

 そうして追い求めていたはずの妻の声、そこから意外な事実が明かになってしまう。妻の遺品を整理する中で、生前の不貞の事実が出てくるのである。完璧な夫婦と周りから言われて、幸せを満喫していたはずだった自分の人生とは一体何だったのか。心の隙間を埋めようとする彼の行動は、次第にエスカレートしていく。娘一家が彼の家を訪ねてきたとき、突然彼の家は騒音で満ち溢れる。「人間いつかは死ぬんだ」と叫び続けるテレビの音、子供の泣き声、鳴りやまない電話の音、吠え続ける犬の声、家族の大声。それらは、彼の混乱した意識をも象徴しているかのようである。

 ホワイト、ホワイト・デイとは、インギムンドゥルの心の世界。妻の死の時から彼を包み込んでいた真っ白な霧。その中に妻の姿を追い求めようやく晴れかけてきたその時に見えてきた妻の姿に驚愕した彼の心の中は、一瞬で再び真っ白な世界に覆われてしまう。海も地面も空も見えない世界。善悪の境界が見えなくなり、溺愛していたはずの孫娘の姿までもが霧の向こうに消えていってしまうのである。

 嫉妬から出た行動というだけでは説明できない彼の行動。自分の人生が全否定されてしまったかのような感覚に彼は取り憑かれていたのではなかろうか。その狂気をパルマソン監督は、霧で表現する。冒頭の場面と同じように、終盤、インギムンドゥルは深い霧の中で車を走らせる。ハンドルは左右に揺れ、車体が中央車線を蛇行する。妻の事故の時と違うのは、後部座席に孫娘が乗っているところだ。そんな中、決して霧は晴れることはないけれど彼を救うのは、声である。自分自身の大きな声、孫娘の大きな声。人間の声。音にこだわりがあるパルマソン監督ならではのこの結末に、とても救われる思いがした。

【開催概要】

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2020
会場:ユーロスペース、アップリンク渋谷
会期:2020 年2 月8 日(土)~2 月14 日(金)
チケット先行販売:2020年1月11日~24日 1300円均一
チケット一般販売:一般/1500円ほか 各上映3日前よりオンライン、窓口にて
公式 WEB サイト:http://tnlf.jp/
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