【TNLF】ウィンター・ブラザーズ

宿命の兄と弟、重低音のブルース

 漆黒の闇から映画は始まる。まるで主人公エミールの心の闇を映し出しているかのように。暗闇の中に光るヘルメットライトの明かりが見え、人の顔が暗闇に浮かび上がり、ようやくここが、石灰岩の採掘場の坑内であることがわかる。ひっきりなしに鳴り響いている重低音のゴウゴウという響きに恐怖感を掻き立てられるが、機械の音であることがまもなくわかる。続いて発破をしかける合図である警報音が坑内に鳴り響く。細い通路を作業員が列を作って進んでいき、外に出てみれば、針葉樹の森と真っ白い岩肌をあらわにした山が広がるばかりの、荒涼とした風景が現れる。重低音の効果音、音楽、黒と白しかない映像世界のすべてが、観客を闇の中に閉じ込めてしまい、ここから逃げ出しても逃げきれないといった類の閉塞感に引きずり込む。

 この映画はデンマーク映画だが、そんなところは、フリーヌル・パルマソン監督のアイスランド人気質というものが色濃く出た作品になっているように思える。例えば小さな街から脱出したくても容易にできなかったダーグル・カウリ監督『氷の国のノイ』のノイ少年。荒涼とした郊外の施設に送られて逃げようになかなか逃げられなかったグズルン・ラグナルスドッティル監督『サマー・チルドレン』の幼い姉弟エイディスとカーリ。アイスランド映画にはしばしばこうしたモチーフが現れる。それでもそこから脱出を試みると、アイスランドではしばしば妖精の国へと迷い込むことになるらしい。フリドリック・トール・フリドリクソン監督『春にして君を想う』あるいは『サマー・チルドレン』しかし、この映画の舞台はデンマークである。そんな逃げ道さえも用意されていないのがつらい。

 しっかり者の兄のヨハンは、弟エミールのことをこう評する。「お前は人間嫌いで、暗くて、すぐに怒りを爆発させる」エミールは意外な顔する。仕事は兄についていくしかなかった。好きな女性は兄の恋人アンナだった。体力や見てくれも兄にすべてが劣っていた。彼は劣等感の塊だが、それでも兄と一緒でなければ生きていけない。そんな人間だ。自己愛が強いので、自分が暗いとは思っていないし、人間嫌いとも特には思っていない。むしろ他人に自分を認められたいがために、つまらない虚勢をいつも張っている。業務用の化学薬品を盗み、そこから密造酒を作り売ることが、彼にとっては唯一虚栄心を満足させるものだったのかもしれない。しかし、たまたま彼の密造酒を呑んだ同僚が、体調を崩し入院してしまったことから、その酒に疑いがかけられますます彼は孤立し、そのちっぽけな虚栄心さえ失ってしまう。

 アンナを巡っての兄弟げんかがすさまじい。兄は全裸、弟は半裸で取っ組み合いの喧嘩をする。隣の部屋で兄とその恋人がSEXをしているという現実を目の前に、エミールは彼女と一緒になるという幻想をも打ち砕かれてしまったのである。殺し合いに近い取っ組み合い。所詮弟は兄には敵わないが、兄も弟に大怪我をさせたり、殺してしまったりすることは到底できない。見ていて一種異様で、離れたくても離れることができない兄弟の宿命を見るような思いがした。

(ここからネタバレになりますので、これからご覧になる方はご注意下さい)

 すべてが奪われ、同僚からも「出ていけ」とののしられたエミールは、復讐に転じる。しかし、爆発寸前までいってその火は鎮火してしまう。裸で弟と対峙した兄に対して、なぜか1人部屋のなか、全裸で銃を手にして復讐の準備をしていた弟の行為は、やっぱりどこかオナニー的な匂いしかしてこないのである。そこからすれば、当然の帰結といえる。しかし、ラスト近くアンナに優しく接してもらったエミールの顔は今までとは少し違って見える。自分自身で仕事を見つけ、自分自身で人からの信頼を得た時、初めて彼は変わるであろう。そこにその可能性をちょっとだけ見た思いがした。彼がしなければいけないことは、石灰岩の採掘場から脱出することだけではなく、まずは兄の元から独立することなのである。しかし、石灰岩の採掘場の山と針葉樹の森と雪は、それをあくまでも拒んでいるかのように見える。壮絶な兄弟の絆、宿命はこれからも続いていくのだろう。

【開催概要】 トーキョーノーザンライツフェスティバル 2019

会場:ユーロスペース 会期:2019 年 2 月 9 日(土)~15(金)
主催:トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/ (スケージュール詳細はこちらから)
Face book:https://www.facebook.com/tnlfes
Twitter:https://twitter.com/tnlfes
【チケット情報】
ユーロスペース公式ウェブサイト、劇場窓口にて上映 3 日前より販売! 一般 1,500 円 学生・シニア・ユーロスペース会員 1,200 円
*ユーロスペースの火曜日サービスデー 1,200 円が適用されます。

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