ヒア アフター

死ではなく、生きる事のドラマ

(C) 2010 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.

ここ数年のクリント・イーストウッドの監督作品にはハズレがなく、そのエネルギッシュな量産とクオリティの高さには崇拝の念すら抱く。しかし、今作はこれまでの作品の様なリアリズムを前面に押し出したものとは違い、霊能者が死者と対話するという前宣伝からして、今までのイーストウッドの作品とは異なる気持ちで鑑賞に臨む人もいたのではないか。もしそう思った人がいたとしたら、その心配は杞憂になる。鑑賞後にはやはりこれまでと変わらぬイーストウッドの深い人間理解に感動を覚えたのだった。

物語は、ジャーナリストのマリーが旅先で臨死体験をした時に見た光景が忘れられず、それが何かを調査しようとする話しと、元霊能者のジョージが死者との対話に疲れ工場勤務をするが、周りからその能力を使う事を求められ苦悩する話しと、母と双子の兄と暮らすマーカスが交通事故で突然兄を失い、もう一度兄と話したいと願い霊能者を探す話しの3つのストーリーが並行して進んでいく。

マリーはジャーナリストとして成功を収めたパリの有名人。現実世界で成功した人間だが、現実で知る事のなかった臨死体験をした事によってその真実を知りたいというジャーナリスト精神に火がつく。しかしジャーナリズムとは真逆と思われている死後の世界や臨死体験について語ったり本を出す事で周りからの非難を浴びる。

ジョージは霊能者としての特別な能力を使う事によって、他人の知らなくてもよい事まで知ってしまい、仲良くなりかけた女性ともうまくいかなくなってしまう。それが分かっていたからこそ、霊能者をやめて普通の生活を送ろうとしてきた。

兄の言う通りにするだけだったマーカスは突然兄を亡くし、薬物中毒の母親とも引き離され、どうしていいか分からない。頼る人は兄しかいないから兄と会いたい、話しをしたいという一点で霊能者を探す。

3つの物語の主人公達は、それぞれに死後の世界に関わる事で苦しむ。しかし、苦しかろうとも一度知ってしまったものからは逃れられないのだ。逃れるにはあまりにも重い課題をそれぞれが背負ってしまったからだ。逃れるためにはどうするか?向き合うしかないのだ。そして、3人は向き合う事によって新たな人生をスタートさせるのだ。

この物語が感動を呼ぶのは、生きるために、前に進むためにあきらめない人達の物語だからだ。この映画は臨死体験や死後の世界の映画ではない。人間が感じ、苦しみ、頑張り、希望を見出そうとする人間のドラマなのだ。イーストウッドの面目躍如、専門分野なのだ。

長らくイーストウッドの映画を観てきて、イーストウッドはここまでの境地に達したかと毎回思わせられる映画をここ数年観てきたが、この映画でもやはりそう感じさせられた。イーストウッドは、霊とか現実離れした事とはまったく無縁の人だと思ってきた。奇跡を信じず、何でも自分の力で乗り越える事の大切さを語ってきた人でもあると思う。だから、イーストウッドが臨死体験や死後の世界なんてあるかないか分からないものの映画を作るなんて、まったく考えもつかなかった。しかし、観てみれば何の事はない、イーストウッドの一本筋の通った骨太な精神は揺るぎ無かった。監督として新しい題材やテーマに常に挑戦し変化するイーストウッドは、実は変わらない人でもある。それを改めて感じさせられた作品だった。

おススメ度:★★★★★

Text by 石川達郎

2011年2月19日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー

映画配給:ワーナー・ブラザース映画
監督・製作:クリント・イーストウッド
キャスト:マット・デイモン、ブライス・ダラス・ハワード、ジェイ・モーア、セシル・ドゥ・フランス
(C) 2010 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.
公式サイト:http://www.hereafter.jp

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