(ライターブログ)眺めのいい部屋
ジェームズ・アイヴォリーが本年度アカデミー賞脚色賞を受賞した、ルカ・グァダニーノ監督作『君の名前で僕を呼んで』。北イタリア、避暑地での2 人の青年の瑞々しい恋に心を奪われた人も多いのではないでしょうか。映画の大ヒットによりロケ地ツアーも行われていると聞きます。アイヴォリーと言えば『眺めのいい部屋』『モーリス』『日の名残り』などで知られる名監督。特に『眺めのいい部屋』は『君の名前で僕を呼んで』同様、旅先での出会いが生涯忘れられないものになると言う点で共通項があります。イタリアが舞台なのも同じですね。そこで今回は、『眺めのいい部屋』に登場する絵画をピックアップ。
時は20世紀初頭、イギリスの良家の令嬢であるルーシー・ハニーチャーチ(ヘレナ・ボナム=カーター)は、従姉シャーロットと共に訪れたイタリア・フィレンツェのホテル「ベルトリーニ」で、同じくイギリスからやってきたエマソン父子と出会います。客室の眺望が悪いと文句を言うシャーロットの言葉を聞いたエマソンは、自分たちの滞在している「眺めのいい部屋」を譲ってくれることに。それをきっかけにルーシーは息子のジョージ(ジュリアン・サンズ)を意識するようになり、互いに惹かれあっていきます。
ところでこのフィレンツェ旅行。かつてのイギリスでは、貴族の若者がイタリアやフランスなど各国を旅し歴史や文化に触れ見聞を広める「グランド・ツアー」が流行していました。ルーシーの旅もその名残りのようなものでしょうか。しかも旅先はルネサンスの都、言わずと知れた美の宝庫。劇中でも教会やシニョーリア広場などに置かれた芸術作品が数々登場します。
しかし、今コーナーのクローズアップ作はそれらではなく、彼らが本国に帰った後に登場するもの。帰国から数カ月が経ち、ルーシーはセシル(ダニエル・デイ=ルイス)と婚約し結婚への準備を進めています。そんな折、セシルはロンドンのナショナル・ギャラリーのひとつの絵画の前で、とある父子と出会います。その絵画とは、イタリア初期ルネサンスの画家パオロ・ウッチェロ(1397~1475)の「サン・ロマーノの戦い」(1438~1440)。この絵、相当大きいので否応なく観る者の目に飛び込んできます。ウッチェロはフィレンツェで主に活動し、遠近法を熱心に研究していた画家。「サン・ロマーノの戦い」は三連作で、1432年にサン・ロマーノでフィレンツェがシエナ軍との戦いで勝利した記念に描かれたものです。あと二点はフィレンツェ・ウフィツィ美術館とパリ・ルーヴル美術館に展示されています。ナショナル・ギャラリーの作品は三連作の最初に当たる部分とされ、フィレンツェ軍の指揮官であるニッコロ・ダ・トレンティーノが白馬にまたがった凛々しい姿で描かれています。
この絵の前で、セシルは田舎の別荘を探しているという父子と出会い、ルーシー宅の近隣にあるヴィラを紹介するのですが、その父子こそエマソンとジョージでした。フィレンツェの画家による「フィレンツェの勝利」の絵画の前でセシルとジョージが出会う。このときはまだ、ルーシーを巡って対峙することなどお互い想像すらしていません。が、この絵画を知る者にとっては、この後の展開―フィレンツェでルーシーと出会ったジョージの勝利、すなわち彼女との運命的な再会と幸せな未来―を想像するに難くありません。映画の中で芸術作品が使われることの面白さは、こういったところにもあると思います。
ところで、本作もそして先述した『君の名前で僕を呼んで』も、旅っていいな、バカンスっていいなと強烈に思わせてくれる映画です。そして、両作の根底には、古代ローマ文化やルネサンスを花開かせたイタリアへの憧憬があるような気がします。グランド・ツアーで訪れた若者たちにもきっとそういった憧れがあったことでしょう。私自身も、久々に本作を観て無性にイタリアへの旅に出たくなりました。
▼作品情報▼
『眺めのいい部屋』
監督:ジェームズ・アイヴォリー
出演:ヘレナ・ボナム = カーター、デンホルム・エリオット、マギー・スミス、ジュリアン・サンズ、ジュディ・デンチ、ダニエル・デイ = ルイス、サイモン・キャロウ、ローズマリー・リーチ
1986 年/イギリス/ 114 分
▼絵画▼
パオロ・ウッチェロ「サン・ロマーノの戦い」
ナショナルギャラリー/ロンドン、イギリス
https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/paolo-uccello-the-battle-of-san-romano
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