ちはやふる -結び-

上の句・下の句への鮮やかな返歌

(C)2018映画「ちはやふる」製作委員会 
(C)末次由紀/講談社

「お願い だれも息をしないで」
映画冒頭の千早のこのセリフにハッとした。原作漫画「ちはやふる」 1 巻の冒頭と同じ言葉だからだ。最初からブルっと震えが来てしまった。

漫画の連載が続いているなか、映画『ちはやふる』は結びを迎える。原作とは異なる流れの中で、どこに着地点を見出すのかと思っていたが、本当に見事な完結だった。最初から三部作構想だったのかという気がしてくる。それくらい緻密な脚本構成だ。『結び』の主役は、真島太一(野村周平)に再び託された。特別な才能を持ったキャラがたくさん登場する中、太一はいわば持たざる側の人間である。観客の目線も太一とともにある。

※以下、映画の核心部分に触れています
前作から二年、高校三年生となった彼ら。新(新田真剣佑)は地元福井の高校でかるた部を立ち上げ、千早(広瀬すず)たち瑞沢高かるた部は新入部員を迎えていた。ところが、東京都予選を前に太一が退部。千早や部員は激しく動揺する。なぜ。どうして。

しかし試合は迫っている。「こんなところで負けられない」。そう、部長の太一が不在でも彼の残したものは健在だった。窮地に追い込まれてもひるまず素振りを始める肉まん君(矢本悠馬)。それは『上の句』で運命戦になったときに太一が行った素振りと同じ意味だ。太一自身が『上の句』のころの自分に戻れないでいる中、残された者たちが埋めていく。「真島」のたすきをかけて試合に臨む千早も同じだった。退部しても仲間は仲間だ。「強くなって、あいつを待とう」。だからこそ太一が戻ってきたとき、彼らは当然のように受け入れる。

そして、全国大会での綿谷新率いる藤岡東高との対戦。最終盤に待ち構えるのはやはり『上の句』と同じ運命戦だ。敵も自分も一枚の札しか残っていない状況。自陣の札が詠まれたらそのまま押さえて勝ち。だが前回と状況が異なるのは、運命戦に臨むのは太一だけではなく、瑞沢の他のメンバーもだということ。太一は自陣の二枚のうち相手(綿谷新)に一枚札を送ることになるが、どちらの札を送るか。団体戦のこの状況では、調整して皆で札を合わせることが勝敗のカギとなる。

そこでクローズアップされるのが「恋すてふ」と「しのぶれど」の二首だ。壬生忠見と平兼盛が歌会で因縁の勝負を繰り広げたこの和歌が、千年の時を超えて再び対決の時を迎える。どちらも恋を唄った歌だが、ここでのかるた札としての違いは明白だった。「恋すてふ」と「しのぶれど」では聞き分けに時間がかかる後者を敵に送るのがセオリーである。ところが太一が自陣に選んだのは「しのぶれど」だった。失策か。しかし瑞沢メンバーは太一を信じて疑わない。そこにまさしく運命が訪れる。

「一線を越えること」「セオリーや固定概念にとらわれないこと」…一風違った角度から太一を導いた孤高の名人・周防(賀来健人)は、本作の陰の主役と言ってもよいだろう。彼もまた、太一たちに関わる中で気付きを得る。本当に強いものは周りをも強くする、インフルエンサーであるということだ。それをひとりで戦ってきた周防に悟らせることは、「ちはやふる」と言う作品の中で大きな意味がある。確かに現時点では、千早たちは周防名人や若宮クイーンの力量には到底及ばないだろう。しかし互いに影響を与え合いチームとして鍛錬を積んできた彼らは、その先、その座をおびやかす存在になりうるのだ。「団体戦なんてお遊びや」と笑うクイーンも、いつかは追われる身となるかもしれない。

チームと言えば、『上の句』のもう一人の主人公であった机くん(森永悠希)の成長と活躍も素晴らしかった。チームとしての戦術。培ってきた経験。絆。「瑞沢の三年に負けた」と語る綿谷新の言葉と繋がる。『結び』は悉く『上の句』『下の句』へ帰ってゆく。鮮やかな返歌だ。

「青春全部懸けたって俺はあいつに勝てない」
青春どころか、全部(懸けている)。この熱量が、彼らの未来に確実に繋がっている。それを示唆するラストの絵に、眩しさを感じずにはいられない。

ちはやふる 上の句/下の句 レビュー


2018年3月17日 全国東宝系にてロードショー

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