エクス・マキナ

男を翻弄する人工知能は何者なのか?

※以下の文章は映画の結末に触れています。

sb1 ・・・とここまでなら『her/世界でひとつの彼女』(13)でも描かれたような、人間とAIの淡いラブストーリーを想像してしまう。しかしここでは、エヴァが自律的に思考する存在となっているのかを判断するのが実験目的。果たしてエヴァは自分の意思でケイレブに特別な感情を抱いているのか否か。本来はケイレブがエヴァをテストしているはずなのに、エヴァが彼を試すかのようなシーンもあるなど、誰が誰を実験しているのか混乱していく。そして彼だけではなく、観客もエヴァの真意を図りかねて翻弄されてしまう。

 映画を観終わってあの結末を振り返ると、エヴァの行動はウブな男子を手玉に取る性悪女のテクニックと何ら変わりがないことが衝撃だった。無垢なオーラを纏いつつも腹の底では何を考えているのか分からず、手練手管の限りを尽くし、男を奈落の底に突き落とす。エヴァはケイレブを籠絡し、自分が外へ出ることを企んでいたとは全くの予想外だった。人間とは元来欲望を持ち、それを遂行しようとする生き物だ。己の欲望を実現するために、自分を愛した男を躊躇なく捨てていくさまは、凄まじく“女”。AIというよりも女って怖えぇー!という思いのほうが先に立ち、次にAIが人間的な存在になっていることの恐怖が襲ってくる。エヴァがケイレブに発した(というより命じた)「Stay here」ということばが冷たく響き、人間とAIの立場が逆転したことを如実に示していた。

 さらに恐怖を覚えるのは、そもそもエヴァの、AIのデータはどうやって蓄積されたのかという点だ。冒頭に身近に溢れている脅威について少しだけ述べたが、本作ではインターネットで検索する、動画サイトを見る等という我々が当たり前のように利用していたテクノロジーが、人類破滅に繋がるかもしれないことを突いている。検索エンジンは調べものをするには大変便利だが、そもそも何のためにあるのか?という点を考えると、“誰か”/“何か”がその情報を収集しているわけであり、そこを突き詰めていくと、すでに我々の常識を凌駕した未知のステージへ進んでいて、テクノロジーは我々以上に、我々のことを理解しているということなのだろう。そう考えると、ホーキング博士の「完全な人工知能の開発は人類の終焉を意味するかもしれない」という警告は、本作を通してリアリティーをもって響いてくる。

 人間の誰もが持つ、ほんのささいな好奇心がもしかしたら人類の“終わりのはじまり”になるのかもしれないと考えると、我々が恩恵に与っているテクノロジーの発達は人類にとっては実は悪夢で、AIにとってのユートピアと化すのではないか。“エヴァ”とは旧約聖書の創世記に登場する人類最初の女性の名前に由来するもの。街にやってきた彼女の今後を暗示するかのようで戦慄する。その一方で、それでは本来の人間の価値とはいったい何か、人間の生きる意味はどこに見出せば良いのだろうか――そんな哲学的な問いを残す作品であり、その余韻に心を強く揺さぶられた。


第88回アカデミー賞視覚効果賞受賞、脚本賞ノミネート
6月11日(土)よりシネクイント他にて全国ロードショー
© Universal Pictures

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  1. 映画感想 * FRAGILE

    エクス・マキナ/人工知能は「愛」を理解するか?

    エクス・マキナEX MACHINA/監督:アレックス・ガーランド/2015年/イギリス あなたが「選べ」と言ったのだから 輸入盤Blu-rayで鑑賞。賞を獲ったこと以外は何も知らずに見ました。 あらすじ:AIをテストします。 ケイレブ(ドーナル・グリーソン)は抽選で社長ネイサン(オスカー・アイザック)の別荘へ行って、AIのエヴァ(アリシア・ヴィキャンデル )と会います。 ※ネタバレしています。 どうなるかとかハッキリ書いていませんが、ネタバレしてると思ってください。おすすめポイントドーナル・グリーソ…

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