ターナー、光に愛を求めて

英国人監督が撮る英国最高の画家 【映画の中のアート #11】

【ターナー、光に愛を求めて】メイン英国を代表する画家は誰かと尋ねられれば、おそらくジョセフ・マロウド・ウイリアム・ターナー(1775~1851)の名前が最も多く挙がるのではないでしょうか。ターナーと言う名前を知らなくても、一度彼の絵画を観れば忘れることはないでしょう。 007 シリーズ『スカイフォール』を観た人なら、Q がボンドに待ちあわせ場所として指定した美術館の絵画(「戦艦テメレール号」)と言えばピンときますね(このコーナーでも紹介しています→【映画の中のアート#1 】 )。日本でも、2013~14 年には「ターナー展」が開催されています。マニアック?なところを言えば山下達郎の曲「ターナーの汽罐車~Turner’s Steamroller~」は「 雨、蒸気、速度」にインスパイアされているのだと思います。

「雨、蒸気、速度」

「雨、蒸気、速度」

さて、英国を代表する画家などと言うとさぞかし華々しい人生を送ったのではないかと想像します。しかし実際のところ、確かにターナーは26 歳でロイヤル・アカデミーの会員になり若い時分から成功を収めていますが、晩年までずっと賞賛され続けていたわけではありません。本作『ターナー、光に愛を求めて』でピックアップされているのは人生の後半部分、晴れ渡る空に暗雲が立ち込めてくる頃のこと。しかも、ターナーと言う人物はヒトクセもフタクセもあり、この映画を観ると「変人だな~」と思ってしまいます。まず、品がある人物ではないですし、誰にでも愛されるような風貌でも性格でもないんですよね。

例えば、1832 年のロイヤル・アカデミーの展覧会場での出来事。ジョン・コンスタブル(1776-1837)の描いた「ウォータールー橋の開通式」の鮮やかな赤の色彩に目をとめたターナーは、自分の出品作である「ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号」にいきなり赤い絵の具を押し付け、波間にブイを描き入れます。これを見たコンスタブルは怒って部屋を出て行ってしまう……と言う一件。展覧会場にてギリギリまで手直しをすること自体は認められており、それは「最後の手直しの日(ヴァーニッシング・デイ)」と呼ばれています。ターナーはよくこれを利用してこのような挑発やパフォーマンスを行っていたと言われています。数多くの絵画が展示される中で、最も良い位置に最も目立つように掲げられることを願うのは画家ならば当然ですが、周囲の画家たちは戦々恐々としていたようです。まず、その場で即興的に絵を変えていくと言う行為自体、簡単ではないですよね。豊かなインスピレーションと技術、それをやってのける画家としての自負と攻撃的な性格。ターナーの人物像を如実に表していると思います。(ちなみに画家が赤いブイを描き入れた作品は、現在東京富士美術館が所蔵しています)

また、年老いたターナーが嵐の中で船の穂先に自らをロープでくくりつけて体感しようとしたエピソードや、瀕死の状態にありながら、溺死体があがったことを聞くや否や駆け付けてスケッチするシーンは、まさに「創作者、表現者としての業」。芥川龍之介の「地獄変」や、最近の映画で言えば『セッション』と通底するもののように感じます。

【ターナー、光に愛を求めて】サブ①英国人であるマイク・リー監督が、自国の最も著名な画家の半生を切り取るとき、そこには英雄ではなく、創作者としてあがき続ける一個の人間がいました。その姿は決して美しくはない。でもその手から生み出された作品群は英国の至宝と言っても過言ではないでしょう。劇中に出てきた絵画の数々は実存しますし、スクリーンに映し出されるターナーが見たであろう風景には思わず息をのみます。夕日の中を曳かれていく戦艦テメレールのなんと切なく美しいことか。煙を吐き出して滑走する機関車のなんとパワフルなことか。映画の冒頭にてスケッチにいそしむ画家の横顔は、当時の批評家ジョン・ラスキンによって描かれたターナーの風貌にそっくりであるし、蒸気のように登場するタイトルロールもまたターナー的。画家に対する敬愛の情が随所に感じ取れます。

現在、彼の絵画のほとんどはロンドンのテイト・ギャラリーのターナー展示室にて、一部はナショナル・ギャラリーにて鑑賞することができます。彼の遺言は「一つの場所に自分の絵画を全て保管し、無料で人々に公開すること」。完全ではないまでも、現在でもほぼその望みどおりに公開されていることは、幸せなことと言えるでしょう。

関連ページ
【映画の中のアート #1】『スカイフォール』(1/2)~ターナーの名画の前で対面する007とQ

▼作品情報▼
『ターナー、光に愛を求めて』
原題:Mr.Turner
監督:マイク・リー
出演:ティモシー・スポール、ドロシー・アトキンソン、マリオン・ベイリー、ポール・ジェッソン、レスリー・マンヴィル
2014年/英・仏・独/150分
2015年6月20日(土)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
© Channel Four Television Corporation, The British Film Institute, Diaphana, France3 Cinéma, Untitled 13 Commissioning Ltd 2014.
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/turner/

▼絵画▼
ターナー『戦艦テメレール号』(1839)
ナショナル・ギャラリー/ロンドン、イギリス
The Fighting Temeraire  Joseph Mallord William Turner
http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/joseph-mallord-william-turner-the-fighting-temeraire

ターナー『雨、蒸気、速度』(1844)
ナショナル・ギャラリー/ロンドン、イギリス
Rain, Steam, and Speed – The Great Western Railway Joseph Mallord William Turner
http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/joseph-mallord-william-turner-rain-steam-and-speed-the-great-western-railway

ターナー『ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号』
東京富士美術館/八王子市、日本
Helvoetsluys; the City of Utrecht, 64, Going to Sea  Joseph Mallord William Turner
http://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=428

▼参考文献▼
「ターナー-色と光の錬金術-」オリヴィエ・メスレー著 藤田治彦監修 遠藤ゆかり訳 創元社

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)