『奇跡のひと マリーとマルグリット』イザベル・カレさんインタビュー
19世紀末のフランス西部ポアティエ地方、ラルネイ聖母学院に目も耳も不自由な少女マリー・ウルタンがやってくる。ラルネイ聖母学院は聴覚障がいの少女が多く暮らしているが、耳の他に目が見えないというのは、致命的だ。なぜなら彼女たちのコミュニケーション・ツールは手話だが、それは目で判断できるから。耳も目も不自由な者にどう接したらいいのか・・・。誰もが不可能と思われた難業に、シスター・マルグリットが神の啓示を受けたかのように、重い病に冒されているにもかかわらず、マリーの世話を一手に引き受ける。しかしそれは予想以上に困難なことだった。“ナイフ”一つをとっても、通常であれば目でかたちを判断し、耳で単語を覚える。だが、マリーはそうはいかない。マルグリットはナイフを触らせ、さらに手話を使って、ことばを覚えさせようとするのだが、マリーは野生動物のように暴れるばかり。「ナイフ、ナイフ」とうわ言のように繰り返し、右往左往するマルグリットの姿からは狂気すら滲み出ている。だがついに、彼女の献身的な努力が実る日が訪れて・・・。
そんな実話を基とした『奇跡のひと マリーとマルグリット』が6月6日より公開される。今回、マルグリットを演じたフランス人女優イザベル・カレさんが國村隼さんと共演する映画『KOKORO -心』のロケのため、島根県隠岐の島に滞在しているという幸運もあり、彼女のインタビューが実現した。本作への出演の経緯や役づくり、もう一人のヒロイン、マリー役アリアーナ・ルヴォアールさんとのエピソードなどをお話いただいた。
――本作の出演の経緯を教えて下さい。ジャン=ピエール・アメリス監督とは極度のアガリ症の人々を描いた『匿名レンアイ相談所』(10/2011年のフランス映画祭で上映)に続いてのタッグとなりましたが、その影響もあるのですか?
イザベル・カレ(以下IC):アメリス監督とは『匿名~』の前にもテレビドラマ(フランスにおける移民を扱ったもの)でも一緒に仕事をしているので、彼と組むのは本作で3度目なんです。彼が描く人々は通常の世界からその存在を除外されているような人々ですが、彼らに温かい視線を注いできました。そういう仕事ぶりがこれまで私を感動させてくれました。監督からオファーがあり、しかもシスター・マルグリット役を私にあて書きしてくれたと聞いて、それは本当に素晴らしいこと、名誉なことだと思いました。しかもこの脚本を受け取ったとき、ちょうど娘を出産した時期と重なっていたのですが、マルグリットは母性愛に溢れた人で、まるで自分へのプレゼントのように思えました。母親としての実体験をマルグリットに投影することができました。
――本作の主人公であるマリー・ウルタンとシスター・マルグリットは実在の人物ですが、フランスでは知名度がある人たちなのですか?
IC:いいえ、私も脚本を受け取るまで彼女たちの存在を知りませんでした。アメリカでは(マリーと同じく目も耳も不自由な)ヘレン・ケラーのお話を映画化や舞台化したりして、さらに有名にしていましたけれど、これまでマリーやマルグリットにスポットライトが当たることはありませんでした。マリーはヘレンと同時代の人なのにね。
――マルグリットに関する資料などは調べたのですか?
IC:マルグリットは触手話(視覚と聴覚の両方に障がいを持つ盲ろう者とのコミュニケーション手段の一つ。相手の手に触って手話を伝える方法)を開発した人ですが彼女の資料はほとんど残されていないんです。(本作の舞台である)ラルネイ聖母学院には、彼女のお墓が残されているので、お墓参りはしてきましたが。ただ、この脚本をもらってから聾者の歴史を知りました。フランスでは1990年代までオフィシャルに手話をすることが禁止されていたとは知らなくて、勉強になりました。
――そうすると実在の人物ですが、イザベルさんのイマジネーションを膨らませて役づくりをされたのでしょうか?
IC:そうですね。修道女が出ている映画(イングリット・バーグマンの『聖メリーの鐘』、オードリー・ヘップバーンの『尼僧物語』など)をたくさん見て研究しました。でも修道女であることをことさら強調するのではなくて、信念をもって行動した“人間”として演じました。他者への信頼はカトリックでもその他の宗派でも、どんな宗教にもかかわらず尊いものですから。
――手話も披露されていますが、練習はどのくらいなさったのですか?
IC:脚本を読んだとき、(聴覚に障がいがある)アリアーナと自由に、即興で演技ができるくらいに自分も手話をマスターしなくては・・・と思いました。だいたい4か月くらい練習していました。
――手話が難しかった点、逆にやりがいがあった点があれば教えて下さい。
IC:手話独自の文法が難しかったですね。通常のフランス語とは語順が違うので苦労しましたし、頭のなかで膨らましていたイメージをうまく表現するのも大変でした。反対に素晴らしいと思ったのは、手話のボキャブラリーがとても豊富であることです。それと手の動きと一緒に、顔の表情も伴うので、より感情表現が豊かになっていたかと思います。
――アリアーナさんとの共演シーンが多くの場面を占めていますが、彼女とのコミュニケーションも実際に手話でできるようになったのですか?
IC:ええ。修道院にいる子供たちはエキストラの子が多かったのですが、特に耳に障がいがある子はさほど多くなかったのです。だからアリアーナとは手話での“秘密のおしゃべり”を楽しみました。私たちの“おしゃべり”をやめさせるのに、助監督は苦労したと思いますよ(笑)。
――マルグリットが興奮して暴れるマリーを何とか押さえつけようとする、かなりハードな格闘シーン(?)もありましたが、苦労された点があれば教えて下さい。
IC:あのシーンね、コーチもスタントマンもいなくて、アリアーナと自分だけでいかにリアルな取っ組み合いに見せるかが課題でした。あれは実際に二人で叩き合っていて、しんどかったですね。マリーは10歳までしつけも教育も受けられなかった野生動物のような子で(※ただし映画では14歳の設定)、両親や自分の世界に引き離され、修道院という全く違う世界に連れてこられました。暴力性が出るのは当然だと思います。
――イザベルさんは現在(※4月中旬時点)、島根県隠岐の島に滞在して新作映画『KOKORO -心』を撮影中とのことですが、具体的にはどのような映画なのですか?
IC:初めての来日になりましたが、フランス・ベルギー・カナダ合作で國村隼さん(本当に素晴らしい俳優ですね!)が主演の映画です。國村さんは退職した警察官の役で、実際は隠岐の島が舞台設定ではないのですが、島にはストーリーに最適な崖があるんです。その崖は自殺の名所で、國村さんは自殺願望がある人を救おうとする、そしてそれらを通して人生を語るお話です。この撮影中はみんなで神社でお祓いをしてもらったり、日本食もおいしくて良い経験をさせてもらっています。
――『奇跡のひと』に関して、日本のファンへメッセージをお願いします。
IC:人間とは誰でも何かを克服する力を秘めていて、人と人との出会いや互いを信頼することの素晴らしさ、それらを通して自分でも気づかなかった可能性を開花させられるということが丁寧に描かれている作品だと思っています。この映画が皆さんの心に響くことを強く願っています。
<取材後記>
4年前のフランス映画祭で『匿名レンアイ相談所』が上映された際、来日したアメリス監督がQ&Aのときにイザベルさんのことを「実際にインタビューや舞台挨拶では(映画と同様に)相当緊張してしまう」と暴露(?)した経緯があり(参考記事はこちら)、現在でもそうなのかと訊ねたところ、「今はそんなことないわよ。もう大丈夫!」と、魅力的な華奢な声で終始にこやかにインタビューに応じてくれた。彼女は本作について何度か「信頼」ということばを口にしたが、信頼を築くにはまずはコミュニケーションが必要だ。だが相手を見ることも話すこともできなければどうやってコミュニケーションをとるのか・・・と問われれば、心を通い合わせるしかない。頭でそれは分かっていても実践するのはとても大変なことだ。
その分、マルグリットとマリーの心が通い合った瞬間は胸熱くなる、素晴らしいシーンだ。辛抱強くかつ寛容な心でマリーと正面から向き合って信頼を築いたマルグリットを、イザベルさんはほぼノーメークでの熱演。彼女が願っているように多くの人の心の奥底まで届くことだろう。
<プロフィール>
イザベル・カレ Isabelle Carré
1971年5月28日、フランス・パリ生まれ。コリーヌ・セロー監督の『ロミュアルドとジュリエット』(89)で映画デビュー。93年のクリスチャン・ヴァンサン監督「Beau fixe」で主演し、セザール賞有望若手女優賞にノミネートされ注目を集めた。2003年にはザブー・ブライトマン監督『記憶の森』でセザール賞主演女優賞を受賞。その他の出演作:フィリップ・アノレ監督『視線のエロス』(98)、ジャン・ベッケル監督『クリクリのいた夏』(99)、レティシア・コロンバニ監督『愛してる、愛してない・・・』(02)、セドリック・カーン監督『チャーリーとパパの飛行機』(05)、リュック・ジャケ監督『きつねと私の12か月』(07)、フランソワ・オゾン監督『ムースの隠遁』(09)など。
▼作品情報▼
監督・脚本:ジャン=ピエール・アメリス
出演:イザベル・カレ、アリアーナ・ルヴォアール、ブリジッド・カティヨン
原題:MARIE HEURTIN
製作:2014年/フランス/カラー/94分
配給:スターサンズ/ドマ
公式サイト:http://www.kiseki-movie.jp/
© 2014 – Escazal Films / France 3 Cinéma – Rhône-Alpes Cinéma
6月6日(土)シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー