『トレヴィの泉で二度目の恋を』マイケル・ラドフォード監督インタビュー

人間、いくつになっても恋はできる~老いらくの恋をポジティブに、チャーミングに
マイケル・ラドフォード監督

マイケル・ラドフォード監督

エルサ(シャーリー・マクレーン)の住むアパートに、妻を亡くし心を閉ざしたフレッド(クリストファー・プラマー)が引っ越してくる。最初の出会いは最悪だったが、次第にフレッドが気になりだした彼女は、何かにつけてフレッドにちょっかいを出す。常に夢見がちで、「ピカソのモデルをしたことがあるの」などと嘘か真か分からないようなことをマシンガントーク全開でおしゃべりするエルサを鬱陶しく思っていたフレッドだが、些細なきっかけで親しくなり、そして恋に落ちていく・・・。エルサの夢はフェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』に登場するマルチェロ・マストロヤンニとアニタ・エクバーグのように、ドレヴィの泉で愛を語り合うことだが、愛する人の夢を叶えようと奔走するフレッドの姿が何ともいじらしい。「老いらくの恋」ということばは何となくイタい印象を受けるが、ここではポジティブに捉えるべきだ。どんなに年を重ねても恋することの素晴らしさをチャーミングに描いている。
本作の監督は『イル・ポスティーノ』『情熱のピアニズム』等で知られる英国人監督マイケル・ラドフォード。撮影中のエピソードや作品に込めた意図、「自分の一部」と語るイタリアへの思い入れなどを語っていただいた。

――主演のシャーリー・マクレーンさんは本作のエルサ役を今までで最も難しい役柄だったとコメントされています。ラドフォード監督は彼女にどのような要求をされたのでしょうか?

マイケル・ラドフォード(以下MR):シャーリー本来の個性をエルサのキャラクターのために変えてもらわなければなりませんでした。彼女はニューヨークのタフな女性ですが、エルサはそうではない。柔らかさというか天然さを演じてほしいと話したら、「えっ!」と驚かれて何度も喧嘩をしました。でも彼女とはウマが合いましたよ。喧嘩・・・というより口論になったのは、彼女が真剣に役と向き合っていることの証ですから。本当に素晴らしい女優で、素敵な女性です。

EF_main ――シャーリーさん、そしてフレッド役のクリストファー・プラマーさんはお二人ともアカデミー賞も受賞されている名優ですが、彼らを演出したコツを教えて下さい。

MR:俳優は現場では「上手くできるだろうか・・・」という不安を多かれ少なかれ抱えています。もしかしたらシャーリーもクリストファーもナーバスになっていたかもしれません。監督の役目としては、「自分はこういう作品をつくりたい」ということを彼らにはっきり示すこと。それによって彼らが自分たちの演技に自信を持ってくれると思っています。これはオスカーを受賞している俳優だろうと、そうでない俳優だろうと皆同じです。

――本作はアルゼンチン・スペイン映画『Elsa y Fred』のリメイクですが、リメイク作品をつくられるにあたって意識された点はありますか?

MR:他人の作品を再解釈することは難しかったです。恐らく今後はやらないでしょう(笑)。注意したのはオリジナル作品で自分が気に入っている部分をキープすること。それと、オリジナルは南米ではヒットしたけれど、世界的にはあまりヒットしなかったことが気になりました。なぜその魅力が伝わらなかったのかを検討し、そこを変えていく作業となりました。例えばフレッドのキャラクターをオリジナルより掘り下げて、僕なりのユーモアを付け加えていきました。

――本作ではいくつになっても恋愛は可能だということが謳われていると思います。ラドフォード監督ご自身は歳を重ねてからの恋愛についてどうお考えでしょうか?

MR:生涯現役派かな(笑)。ただ、歳を重ねたら人生を楽しめないと思われがちだけど、この作品が教えていることは年齢のバリアなんてものはなく、いくつになっても恋はできるということです。シャーリーとクリストファーは実生活ではそれぞれ別の家庭を持っていて、互いを恋しているわけではないけれど、でも(撮影現場での)二人には惹かれあうケミストリーがありました。それはとても素敵なことだと思います。

――本作のなかで監督のお気に入りのシーンはどこでしょうか?

MR:エルサがフレッドに「キスしていい?」と求めて、そして二人がキスして、次に彼女が「ベッドルームに招いてもらうのは早すぎるかしら?」と聞いたら、フレッドが「それは何段階目?」と聞き返すところです。若い人にも年齢を重ねた恋がリアルに伝わるのではないかと思うし、ユーモアがあって気に入っています。

EF_sub ――監督は本作の他に『イル・ポスティーノ』『ヴェニスの商人』など、これまでイタリアが舞台となる映画を多く撮られています。監督は英国人ですが、イタリアに何か思い入れがあるのでしょうか?

MR:とても不思議なことに18歳のとき手相を見てもらったんですが、「あなたの幸運はすべてイタリアにある」と言われました。そのことは特に意識していたわけではないのですが、思い返してみたら初めて手がけたドキュメンタリー映画もイタリアのものだったし、初の長編映画(“Another Time, Another Place”)もイタリア人俳優が何人か出演している作品だったし、結婚したのもイタリア、息子が生まれたのもイタリア、『イル・ポスティーノ』や『ヴェニスの商人』もイタリアでつくり・・・と、どうやら本当に僕はイタリアから逃れられない運命にあるようです。表面的なイタリアではなく、深い意味でイタリアは好きだし、もはや自分の一部だと思っています。それに僕の信念として、映画をつくるときは、舞台となる国の文化に深く入っていかなければならないと考えています。次回作はパキスタンが舞台の作品(“Shadow of the Crescent Moon”)を予定していますが、現地のウルドゥ語をマスターしようと思っています。そうしなければ本当の意味でその国の文化に踏むこむことはできない。イタリアではイタリア語をマスターしたからこそ、より多くの人たちと繋がることができるという素晴らしい体験をしました。これからもそういうふうに映画に接していきたいと考えています。

――監督はインドでお生まれですが、そういうバックグラウンドが監督の考え方に影響を与えているのでしょうか?

MR:僕はニュー・デリーで生まれたし、セイロン(スリランカ)にも住んだことがあるし、英国とかイタリアという枠を超えて、「世界の住人」だという意識で過ごしています。だから日本文学や映画、文化にも興味があります。

EF_sub1 ――日本の文学にもご興味があるとのことですが、日本の小説を映画化したいと思われたことはありますか?

MR:村上春樹さんの「国境の南、太陽の西」の映画化の話を村上さんと考えていたことがありました。村上さんが僕の作品を好きだと言ってくださって、もともと交流があるんです。ただ彼の小説はそれ自体がとてもシネマチックであり、映画に落とし込むのは非常に難しく感じました。また諸事情もあって、それは企画としてかなわなかったのですが。でもいずれ日本の文学を映画化してみたいと思います。その場合、僕は物語の持つ日本的な要素に魅了されているので、たとえば他の国に舞台を移して撮るのではなく、日本で日本の物語として撮りたいんです。そのためには真剣に取り組みたいから日本語の勉強から始めたいですね。それは苦痛ではなく楽しいことです。もしつくってほしいというプロデューサーがいるのなら、ぜひ挑戦したいと思います。

――先日、『甘い生活』のアニタ・エクバーグさんが亡くなりました。本作でも『甘い生活』の場面がよく登場しますし、エルサの憧れの女性として描かれていますが、アニタさんが亡くなったことで思うことがあればお聞かせ下さい。

MR:アニタはローマの介護施設で亡くなったと聞いていますが、とても悲しい思いをしています。実はシャーリーがアニタと映っている写真を見せてくれたんです。50年以上前のものになると思いますが、グラマラスなアニタとボーイッシュなシャーリーの対比が印象的で面白かったです。作品のなかでシャーリーがアニタと同じ格好をすることになるのは、実はシャーリーの提案でした。僕としては「ちょっと軽くなっちゃって、おかしなことになったらどうしよう・・・」と心配はあったのですが、トライしてみたらとても素敵なシーンとなり、良かったと思います。

(後記)
ラドフォード監督はシャーリーがアニタの格好をすることに最初は躊躇したようだが、確かにまあ、正直なところ滑稽に思えなくもない。だが、そのシーンを含めて微笑ましく、心がほわっと温かくなるのを感じた。この取材、監督が来日したのではなく、スカイプでロンドンのスタジオと繋いでのインタビューだったのだが、監督の知的で温厚な語り口に魅了された。監督は英語は当然だが、イタリア語、スペイン語、フランス語、中国語も得意で、『イル・ポスティーノ』のときのように英語圏外の国で映画を撮ることはさほど困難と思っておらず、むしろ楽しんでいたよう。「世界の住人」ということばは印象的だったし、ぜひ日本で映画を撮るのが実現することを期待してやまない。
また「私も恋愛を頑張ろうと勇気づけられた」と作品の感想を伝えたところ、「あなたの人生、まだ長いのに、なぜそんな悲観的なことを・・・。まだまだだよ」と慰めていただいたことは一生忘れません。

〈プロフィール〉
マイケル・ラドフォード Micheal Radford
1946年2月24日生まれ、インド・ニューデリー出身。オックスフォード大学で学び、数年間教師をした後ナショナル・フィルム・スクールに入学。1976年から1982年までBBCの多数のドキュメンタリー・フィルムを制作。1983年に“Another Time, Another Place”で長編映画デビュー。監督・脚本を務めた『イル・ポスティーノ』(94)でアカデミー賞作品賞、監督賞を含む5部門にノミネートされた他、世界各国の映画賞を受賞した。
近年の作品には『ヴェニスの商人』(04)、『ダイヤモンド・ラッシュ』(未/07)、『情熱のピアニズム』(11)などがある。現在、パキスタンを舞台にした新作“Shadow of the Crescent Moon”を予定。

▼作品情報▼
監督:マイケル・ラドフォード『イル・ポスティーノ』『ヴェニスの商人』
脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード
出演:シャーリー・マクレーン、クリストファー・プラマー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、クリス・ノース
原題:Elsa&Fred
2014年/アメリカ/英語/97分
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:www.torevinoizumide.com
© 2014 CUATRO PLUS FILMS, LLC
2015年1月31日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー

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