トレヴィの泉で二度目の恋を

映画の永遠性と人生の今、この一瞬。

メイン 『甘い生活』トレヴィの泉のシーンで映画は始まる。膝まで水に浸かり、流れ落ちる水と戯れるアニタ・エクバーグ。暗闇の中、水に濡れて光り輝く白い肌、ブロンドの髪。そこから漂う神々しいまでのエロティシズム。1月11日、その彼女が亡くなった。享年83歳。本作主演のシャーリー・マクレーンは3歳年下。『甘い生活』は1960年の作品。その年、シャーリー・マクレーンもまた『アパートの鍵貸します』で、人気の絶頂を迎える。そのふたりの過去と現在がスクリーンで交叉する。フィルムの中の美しいアニタと、深く皺が刻まれたシャーリー・マクレーンの現在の顔。大いなる時の流れが感じられる。

 TIME…人生における時間。それが本作の一つのテーマである。シャーリー・マクレーンとクリストファー・プラマー。二人の名優が演じる、アパートのお隣さん同士になった老人たちは、ごくごく普通の人生を送って来た人たち。二人は反目しながらも親しくなり、やがて共に人生を歩きはじめる。そこに名優たちの過去の姿がほんのり織り込まれる。それによって過ぎ去った時を、より感じることができる。いわば、主演の二人あってのこの作品なのである。

サブ1  シャーリー・マクレーン演じるエルサは、『甘い生活』のアニタ・エクバーグに憧れ、いつもビデオをかけ、いつか自分もトレヴィの泉で映画のワン・シーンを再現したいと夢見ている。思うようにいかない人生、現実逃避が彼女を支える手段だが、それが他人に向かう時、虚言癖となって表れてしまう。そこに、『あなだだけ今晩は』の娼婦のイルマの姿が重なる。不幸な生い立ち境遇を自分で創作し、客の同情を引くことで、お金を余計に払わせていたイルマ。本来、マリリン・モンローが演じる予定だったこの役を、シャーリー・マクレーンは、演技の力でカバーした。「若い時の私は、アニタ・エクバーグにそっくりだったのよ」と言うエルサだが、確かにシャーリー・マクレーンなら、アニタ・エクバーグにも成りきれるかもしれない。

サブ2  クリストファー・プラマー演じるフレッドは、若い頃プロのギター弾きを夢見たこともあるが、現実には普通のサラリーマンとして会社と家を往復する人生を送ってきた。部屋には、ギターが飾られているが、もう手にすることはない。妻に先立たれ、自分の殻に閉じこもり一歩も家から外に出ようとしない。そこに『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐の姿が重なる。この作品では、妻を亡くして以来、家から音楽を締めだしてしまった頑固な彼の心が、若い家庭教師マリアによって開かれ、最後にはギター片手に「エーデル・ワイス」を歌うまでになるのだった。

 『甘い生活』トレヴィの泉では、マルチェロがアニタ・エクバーグにキスをしようとした瞬間、突然現実に戻されたかのように夜が白んでしまう。あの幻のように美しい情景は二度と戻らない。もっともフィルムの中では、その瞬間は永遠である。ある意味映画は、死の概念を絶対的なものではなくす。しかし実人生における時間は、永遠ではない。だからこそ、今この時が行動すべき時なのだ。現実が思うようにいかない時、自分の殻に閉じこもることもあるだろう。夢の中で生きるのも仕方ないだろう。だがそれよりも、夢を行動へと移せる人生は素敵である。フレッドとエルサはマルチェロとアニタとはまるで違うが、ふたりのトレヴィの泉には、確かに、人生における魔法のような瞬間が存在した。



▼作品情報▼
監督:マイケル・ラドフォード『イル・ポスティーノ』『ヴェニスの商人』 
脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード 
出演:シャーリー・マクレーン、クリストファー・プラマー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、クリス・ノース 
原題:Elsa&Fred
2014年/アメリカ/英語//97分
配給:アルバトロス・フィルム 
公式サイト:http://www.torevinoizumide.com/
© 2014 CUATRO PLUS FILMS, LLC
2015年1月31日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー

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