【FILMeX】幻の薔薇
(第11回東京フィルメックス・特別招待作品)
イスラエルの俊英アモス・ギタイといえば、東京フィルメックスの常連監督の一人だ。ここ近年でも、ジュリエット・ビノシュとジャンヌ・モローが共演した『撤退』(07)、『いつか分かるだろう』(08)、『カルメル』(09)などが相次いで上映されている。そんな彼の最新作は、第2次世界大戦後のフランスを舞台にした『幻の薔薇』。ヒロインの若く美しい人妻を演じたレア・セドゥは、ハリウッドの大作『イングロリアス・バスターズ』(09)や『ロビン・フッド』(10)にも出演しているフランス期待の若手女優だ。
マージョリーヌ(レア)は、バラ栽培者の息子ダニエルと結婚し、パリで憧れのアパルトマン生活を始める。しかし、ダニエルの本当の希望は、バラ栽培ができる田舎の鄙びた家で暮らすことだった。マージョリーヌは高価な家電製品や家具を次から次へと月賦で購入し、借金を次々に重ね、自宅にまで取り立て屋がやって来るなど、今でいうところのサラ金地獄の状況に陥り、夫との関係も悪化する。
貧しい家で育ったからこそ、リッチな結婚生活を夢見たマージョリーヌ。全てにおいて完璧を求める理想主義者だ。ダニエルが妻に「僕の腹が出ても、ハゲても、君は僕を愛してくれるかい?」という主旨の問いかけをする。彼は恐らく「そんなことないわ。あなたがデブでもハゲても、ずっと愛しているわ」という甘い答えを期待していたはずだ。ところが、マージョリーヌの答えは沈黙。また、ダニエルは妻のために“マージョリーヌ”と名付けた新種の薔薇をつくり、彼女に捧げようとしていたのに、それを聞いた妻はノーリアクション。女性なら愛する男性から、自分の名前を冠した薔薇を捧げられたら嬉しく感じると思うのだが、物欲にとらわれたマージョリーヌにとって、それは全く価値のないものだった。
マージョリーヌには極端なまでの理想の結婚生活像があり、その理想が破れることを極度に恐れている。そして、その恐れから過度な買い物を繰り返す。しかし、それの何が楽しいのだろうか?マージョリーヌの晴れやかな笑顔は、ダニエルとの結婚式のシーンくらいしか見られず、ほとんどのシーンは不機嫌顔で登場する。「あれもステキ、これもステキ」と買い漁るものの、彼女の表情は虚ろだ。買い物をしても心が満たされていないことは一目瞭然だ。
戦時中はナチスに蹂躙され、疲弊していたフランスが、戦後、急速に発展していく。その流行に乗り遅れまいと消費社会にどっぷりと浸かっていくマージョリーヌの様子は、決して50年以上前の出来事ではなく、現代人にも起こっていることだ。流行に乗ることが第一義で、人の心が置き去りにされている。それを言わんとするかのように、ラストのマージョリーヌがパリの街を闊歩するシーンが秀逸だ。映画を観ている側は、あれ?この映画は1950年代の話じゃなかったのか・・・?と一瞬目を疑うことになるが、マージョリーヌの姿に違和感がなく、むしろその背景に溶け込んでいる。人間の物欲はいつの時代も不変的で、それは必ずしも人を幸福にしないということを見事に表現している。過去の物語のはずなのに、現代を映し出すギタイ監督の手腕に脱帽だ。
マージョリーヌは物欲の塊なのだが、演じるレアの清楚な美しさや硬質な色香のおかげで、鼻息荒く目をギラギラさせているような、ステレオタイプの強欲者には見えない。また、名手エリック・ゴーティエの流麗なカメラワークのおかげで、強欲の話なのに下品に見せない。このアンバランスさが映画に品格を与えている。
ちなみに本作、本国フランスでは12月公開とのこと。日本での劇場公開は未定だが、一見の価値あり。今後の劇場公開をぜひとも期待したい。
Text by:富田優子
オススメ度:★★★☆☆
製作国:フランス
製作年:2010年
英題:Roses on Credit
原題:Roses à crédit
監督:アモス・ギタイ
撮影:エリック・ゴーティエ
原作:エルザ・トリオル「幻の薔薇」
出演:レア・セドゥ、グレゴワール・ル・プランス、ピエール・アルディッティ、アリエル・ドンバル、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ
(c) 特定非営利活動法人東京フィルメックス実行委員会
【第11回東京フィルメックス】
2010年11月20日(土)~11月28日(日)
有楽町朝日ホール、東劇、TOHOシネマズ日劇他にて
■一般お問合せ先
ハローダイヤル TEL:03-5777-8600(全日/8:00~22:00)
■公式サイト
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