【FILMeX】冷たい熱帯魚

暴力、絶望、狂気・・・。悲劇をエネルギッシュなエンターテインメントに仕立て上げた傑作!

(第11回東京フィルメックス・特別招待作品)
何てエネルギッシュな映画なんだろう。この映画を見終わった直後の、率直な感想だ。本作『冷たい熱帯魚』は、猟奇的な連続殺人犯の狂気に引きずり込まれた男の絶望と破滅の物語。『愛のむきだし』(09)で国内外から高い評価を得た園子温監督の最新作だ。

希望も救済もない。とびきりの美男美女が愛を語るわけでもなく、特に目を引くような風光明媚な景色も出てこない。映像も詩情豊かでエモーショナルなものではなく、暴力的。血しぶきがどぱーっと勢いよく飛び散り、血まみれになって人の遺体を切断するなど、凄惨なシーンのオンパレード。セックスシーンの描写も「愛を交わす」なんていう、オブラートに包んだような文学的な表現では生ぬるく感じるくらい、ストレートに、人間の欲望や本能をむきだしに描いている。それでも映画に満ち溢れているエネルギーにただただ圧倒されてしまうのだ。そんな映画を146分間、堪能できたことへの充実感と幸福感が心の底から沸き上がり、悲劇的な物語のはずなのに、自然と笑みが浮かんでしまった。

主人公の社本(吹越満)は小さな熱帯魚屋を営んでいる。家族は後妻の妙子(神楽坂恵)と思春期の娘・美津子(梶原ひかり)。美津子は継母である妙子を嫌い、社本と妙子の関係も冷え切っていて、家庭は崩壊寸前だ。そんなある日、社本は美津子の万引き事件をきっかけにして、同業者の村田(でんでん)とその妻・愛子(黒沢あすか)と出会う。村田は、社本の店よりもはるかに大きな熱帯魚屋を経営し、赤のフェラーリを乗り回す。社本の目には村田が人生の成功者のように映るが、彼は、その人の良さそうな風貌からは想像できないような、極悪非道の殺人鬼だったのだ。社本と出会う前に殺した人数は58人(!)だと豪語。そして、社本は否応なしに村田の殺人の手伝いをさせられることになる。

村田は、社本の弱み=家庭崩壊につけ込む。気が弱く、妻や娘に毅然とした態度をとれず、一人悶々としている。詐欺や殺人の悪事を働くが、自分の腕一本で生きてきた村田と、悪い人間ではないが、人生を適当に取り繕いながら過ごしてきた社本。村田が自分の生き方を誇示し、社本の弱みを暴露するシーンは複雑な心境に陥った。殺人鬼とは言え、村田の言うことには一理あるからだ。お前は自分を誇れるような生き方をしてきたのか、と問われているようで、ぐうの音も出なかった。上辺だけの善意や綺麗事だけでは生きていけないことは、誰もが分かっている。それでも今の世知辛い時代、ここまで鬼にならないと生き抜くことはできないのだ、と言われているかのようで、心に突き刺さる。

豪快なマシンガントークで他人を自分のペースに巻き込み、殺人について開き直り、被害者の財産をだまし取る村田。被害者の遺体を解体する(村田曰く「透明人間にする」)ときも、血まみれになりながら、手際良く切断。それはまさに地獄絵だ。だが、村田は解体途中に「お~い、うまいコーヒー淹れてくれ~」と笑顔で社本に命じたり、愛子に至っては鼻歌交じりで解体を手伝っていたり、と妙に明るい。そんな光景を見ていると、この物語はいったい悲劇なのか喜劇なのか、混乱してしまう。恐ろしく残酷な光景が続くのに、目を背けたくない、もっと見てみたいと思うのは、観客も底なしの狂気の世界に引きずりこまれているからに他ならない。社本は正常な世界に戻ることができるのか、とハラハラしつつも、また別の考えが浮かんでくるのだ。そもそも正常な世界なんてどこにあるのか、そんなものは地球が誕生したときから存在していないんじゃないか、と(プラネタリウムのシーンが非常に示唆的だ)。これでもか!と言わんばかりの狂乱ぶりは、見ている者の既存の価値観も狂わせるくらいの力を持っていて、翻弄されっぱなしだった。

園監督は暴力、恐怖、絶望、狂気、そして死という負の要素をエネルギッシュに表現し、エンターテインメントとして見せることに成功したと言えるだろう。それぞれの登場人物の生き方を肯定も否定もせず、適度な距離感を保って温かい眼差しを注いでいる。その温かさの源こそが「映画への愛」。だから映画を見終わった後に、何とも言えない幸福感が沸き上がるのだ。劇場公開は来年1月の予定だが、早くも2011年の代表作となる予感大の傑作だ。

Text by:富田優子
オススメ度:★★★★★

製作国:日本、製作年:2010年、英題:Cold Fish、配給:日活
監督・脚本:園子温
出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり、渡辺哲
2011年お正月第二弾、テアトル新宿ほか全国ロードショー
(c)NIKKATSU

【第11回東京フィルメックス】
2010年11月20日(土)~11月28日(日)
有楽町朝日ホール、東劇、TOHOシネマズ日劇他にて
■一般お問合せ先
ハローダイヤル TEL:03-5777-8600(全日/8:00~22:00)
公式サイト

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