『収容病棟』王兵(ワン・ビン)監督インタビュー:社会から隔絶された精神病院に密着。「誰のためでもなく、興味を抱いたから撮る」

wangbing インタビューに答える王兵(ワン・ビン)監督の声は控えめだ。朗々と語るタイプが多い中国人の監督としては珍しい。無口なわけではないが、淡々と、穏やかに言葉を紡ぐ。取材中は一見、仏頂面の王兵。しかし時折、その素朴な顔を崩して笑うと、いたずら小僧のような愛嬌ある表情に一変して、その場の空気をふわりと和ませる。
  そんなキャラクターが被写体の警戒心を解くのだろう。『鉄西区』『三姉妹~雲南の子』など、王兵のドキュメンタリー作品を語るとき、“ワン・ビンの距離”という言葉がよく使われる。それはつまり、カメラは常に対象のそばにあり、明らかに相手もその存在を認知しているのに、いたって自然な表情を捉え続けることができるという、王兵ならではの距離感のことだ。
 最新作『収容病棟』は、中国南西部・雲南省にある社会から隔絶された精神病院の内部に潜入したドキュメンタリーである。上映時間は約4時間。王兵による神懸かり的な映像は、今回も観る者をまるで精神病院の一室で収容者たちと共にいるような感覚にさせる。
 中国では精神病患者が1億人を超えたという(2009年時点。中国疾病予防コントロールセンター・精神衛生センター調べ)。まさに全人口の13人に1人が何らかの精神疾患を抱えている計算で、専門の医師や病院のケアが行き届かない状況は想像に難くない。本作に登場する精神病院でも細やかな治療や衛生管理は行われておらず、人々はまさに“入院”ではなく“収容”されている状態。収容者は必ずしも精神疾患を患っている人ばかりではなさそうで、どうやら政治的な陳述を行った人や地元でトラブルを起こした人など、“都合の悪い人物”も送り込まれていることが分かってくる。しかし、本作で重要なのはそこではない。王兵のカメラはゆっくりと、収容者それぞれを取り巻くドラマや秩序を浮かび上がらせていく。
 大雪に見舞われた今年2月の東京。恵比寿映像祭への参加のため来日していた王兵監督に、作品についてお話をうかがった。


‐‐精神病棟をテーマに撮りたいと思われたきっかけは?

 ちょうど『鉄西区』の編集中だった2002年秋、友人と一緒に北京郊外のある精神病院を通りかかりました。何棟もの病棟が立ち並ぶ大きな病院でした。そこでなんだか不思議な感覚にとりつかれ、映画を撮りたいと思うようになりました。それまでは精神病院を撮りたいという考えはなかったんです。

‐‐実際に撮影を行ったのは雲南省の病院ですね。撮影場所に選んだ理由、また、病院側にどのようにアプローチしたのかを教えてください。

 仲の良い友人が雲南省にある病院を紹介してくれました。最初に行った北京の病院からは撮影許可が下りなかったんです。2012年の5月頃、ちょうど『三姉妹~雲南の子』の編集中だったと思いますが、その雲南の病院に掛け合ったらスムーズに許可が下りました。2013年1月3日に撮影を開始し、4月18日か19日に撮り終えたと思います。撮影はほぼ毎日行いました。

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‐‐本作で見る限り、病院内の環境は良いものではありません。それが映画として世に出ることに、病院側から消極的な意見はなかったのでしょうか?

 この病院はそういった心配はしていませんでしたね。撮影も自由で、何を撮っても邪魔されることはありませんでした。
 その点、北京の病院は全然ダメだったんです。2002年に病院関係者とコンタクトし始めてから2009年まで、ずっと撮影を許可してもらえなかった。別の病院を探さなければと思っていた時に、たまたまた雲南のこの病院が見つかって映画を撮ることができたのです。

‐‐撮影はスムーズだったとのお話ですが、対象に違和感を持たれることなくカメラを向けることが可能だったのは、ご自身ではなぜだとお考えですか?

 撮り始めてすぐは皆、なかなか慣れないようでした。私たちを取り囲んだり、誰かにカメラを向けると、その人のところに寄って行ったり。私たちをからかいに来る人もいました。でも、そうした状況も撮影1日目、2日目のことで、3日目にもなると関心がなくなったようで、皆それぞれの日常に戻っていきました。実際、この作品は撮影開始3日目からの素材を使用しています。撮った素材は300時間以上分ありますが、最終的に4時間分を選びました。
 やはり撮影はスムーズだったと思いますね。衝突が起きたのは1回だけです。1台のカメラを私ともう一人が交代で撮っていたのですが、もう一人が廊下で座って休んでいるとき、ある患者さんが発作を起こして彼を殴ったんです。でも、良くなってから「昨日は具合が悪くて。本当にすみません」と謝りに来てくれました。ですので、トラブルといってもコミュニケーションの問題ではありませんでした。

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‐‐「ここに長く居ると精神病になる」と言う“患者”が後半に登場します。彼は健常者ではないのですか?

 この病院に収容されている患者たちの事情はちょっと複雑です。あらゆる人がいるんですよ。ある人は、地元で誰かとトラブルになって送られてきた。当然、彼は病気ではないかもしれません。また、司法の刑罰から逃れるために、自ら病院にやって来た人もいます。もちろん、本当に精神病を患っている人もいます。
 ご指摘の患者さんとは一度だけ話しましたが、彼が本当に精神病かどうか、私にはよく分かりませんでした。まるで何もやる気がないようにずっと日向ぼっこをしているのですが、実はずっと辛くて自分のことを話したい、いろんなことをずっと考えているんだとも言っていました。この病院に誰かに連れて来られてから長いようですが、奥さんと子供もいて、今はどうしているのか分からないと話していました。でも、それは私が彼と一度だけ喋った会話の中からのみ聞き取った内容なので、具体的な事情を知る術はありません。

‐‐精神病患者ではない人も送り込まれているということで、そういった社会問題を提起する作品にすることも可能だったかもしれません。でも、監督はあくまでも収容者一人一人の人間ドラマの部分を撮られた。でも、それは“撮れ高次第”で、最初はどんな構成の映画にできるのかも分かりませんよね。

 やはり撮り始めの頃は収容者たちの内面をのぞくことは難しかったです。でも、半月くらい経ってくると段々と分かってきて、心の中に近づいていける気がしてきました。
 馬健(マー・ジェン)という廊下を走っている赤い服の男性が出てきますよね。彼は入院したばかりで、まだ外の世界の空気を色濃く残していました。ですので、彼を通して次第に観客を精神病院の内側の世界へと引き込んでいこうと思いました。この映画では、基本的に撮った素材は時間の順番を変えずに編集してあります。

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‐‐監督は社会的に取り残されたり、虐げられている人を好んで撮っているように思えます。なぜですか?

 私はただ、普通の人の生活を撮っているだけです。マスコミを含め、皆そこにあまり関心を向けません。ただ、私は誰のためでもなく、私個人の考えで、そうした人々の生活に興味を抱いたから撮るのです。

‐‐当局から“もっと明るく楽しい内容の映画を撮れ”と言われませんか?

 言われません、私はこの作品が撮れてとても楽しいんですよ(笑)。この映画に登場する人々の生活は非常に面白いでしょう?多くの人の経験を超えています。特に、人と人との関係です。そこにはある種の愛がある。人が人に対して愛や関心を寄せる。その関係はすごく微妙なものですけど、非常に美しいと思います。
 この病院で暮らす人々の関係はとってもシンプルです。病院の外にいる、いわゆる“正常な人”の方が、営利が絡んだり、利己的であったりして、人に対して同情を寄せることなく接したりする。収容者らの考え方や人間関係の方が、ずっとリアルでシンプルなんです。
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Profile
wangbing21967年11月17日、中国・陝西省西安生まれ。飢饉のため幼少時に農村に移住。14歳で父親を亡くし、父親の職場だった「建設設計院」で14歳から24歳まで働く。瀋陽にある魯迅美術学院で写真を学んだのち、北京電影学院映像学科に入学。1998年から映画映像作家として仕事を始める。1999~2003年にかけて制作したドキュメンタリー『鉄西区』は、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画際グランプリをはじめ、世界の映画祭で高い評価を獲得。続く『鳳鳴‐中国の記憶』で2度目の山形国際ドキュメンタリー映画際グランプリを受賞。2010年には初の長編劇映画『無言歌』を発表。2012年ヴェネチア国際映画祭では、ドキュメンタリー『三姉妹~雲南の子』がオリゾンティ部門グランプリに輝いた。


<取材後記>
『三姉妹~雲南の子』公開時の来日に続き、2回目となった王兵監督インタビュー(前回記事はこちら)。前回の取材でも感じたが、監督の口からはよく「友人を通じて」というフレーズが登場する。「この人に協力したい」、そういう気持ちにさせる力が王兵にはあるのだろう。人から愛される監督自身のチャームが、優れた作品を生み出す秘密兵器なのかもしれない。
傍目には気分の滅入るような題材に見えても「楽しい」と言う王兵。徹底して市井の人や弱者の声に耳を傾け、世に届ける。根っからのジャーナリスト気質を持った人だ。


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▼作品情報▼
『収容病棟』
原題:瘋愛
監督:王兵(ワン・ビン)
共同製作・配給:ムヴィオラ
2013年/香港、フランス、日本/237分(前編122分・後編115分)
(C)Wang Bing and Y. Production

6月28日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

公式サイト http://moviola.jp/shuuyou/

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