『三姉妹~雲南の子』王兵(ワン・ビン)監督インタビュー:大切なのは、私がまだ映画を撮ることができ、撮りたい映画を作り続けることができるということ。

 2003年、中国・瀋陽の工業地帯の姿を捉えた計9時間超えのドキュメンタリー『鉄西区』三部作で注目を浴び、「反右派闘争」によってゴビ砂漠の収容所で強制労働を強いられた人々の苛烈な運命を描いた初の劇映画『無言歌』(10)でも国際的に高い評価を受けた王兵(ワン・ビン)監督。中国資本は入れず、政府の撮影許可を得ない映画作りを続ける王監督は、中国国内での作品の上映は禁じられているものの、いま世界が最も注目する中国人監督と言っていいだろう。
 2012年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門でグランプリを獲得した王監督の最新作『三姉妹~雲南の子』が5月25日(土)に日本公開を迎える。標高3,200メートルの山村に暮らす幼い三姉妹の姿を捉えたドキュメンタリー作品だ。母親は家出し、父親は出稼ぎに行って常に不在。子供だけで生活する三姉妹の日常をカメラは淡々と追うが、幼い彼女たちの感情の機微を間違いなく伝える“王兵マジック”には驚かずにいられない。来日した監督に、撮影の裏側を訊いた。


‐‐『無言歌』や、やはり反右派闘争を生き抜いた女性の証言を収めたドキュメンタリー『鳳鳴‐中国の記憶』(07)では、脚本や撮影準備の段階でかなりの取材を重ねられたと伺っています。今作は発展著しい現代中国のもう一つの顔、農村で暮らす子供たちの貧困が捉えられていますが、この三姉妹に出会ってから撮影に入られるまで、何か準備はされたのでしょうか?

監督 今回はこれといって事前準備はしていません。北京から雲南まで車で行き、現地で三姉妹の家族の知り合いに会い、村に連れて行ってもらったその日にもう撮影を始めましたから。この作品は3回に分けて撮影していて、1回の滞在は4~5日間。資金の関係で、撮影期間は計20日あまりという短い時間でした。現地に着いて、作品のスタイルなど、大まかに打ち合わせて撮っていきました。

‐‐非常に近い位置で撮影しているのに、カメラの存在を感じさせない子供たちの自然な表情が捉えられています。一体どのようなテクニックで撮られたのかと不思議に思いました。山村の人々はカメラにもあまり慣れていないはず。コミュニケーションはどのようにとられていたのですか?

監督 子供たちには何か指示をするということはなく、距離を保って、あまり交流することもなかったです。彼女たちに合わせて傍らで撮影していただけで、普段の生活の邪魔をしないようにしていました。村ではまず一家の知り合いを通じて姉妹のおじいさんや父親に私たちの仕事について紹介してもらい、同意を得ました。それと同時に、信頼感のある関係を保つようにして撮っていきました。

‐‐現在、この三姉妹はどうしているのですか?また、完成した映画は見せたのでしょうか?

監督 撮影したのは2010年ですからもう随分成長していると思いますが、実はあれ以来彼女たちには会っていません。去年の12月に一度あの村の途中まで行ったのですが、海抜2,300メートルあたりで体調を崩して下山してしまいました。友人に頼んで父親だけ街まで呼んできてもらい、少しだけ映像を見せました。彼はあまり関心がないようでしたね。ちょうどその時、私は彼に子供たちを置いて出て行った母親について尋ねたものですから、少し情緒不安になったようで、映画についてはあまり話しませんでした。

‐‐『鉄西区』 の冒頭の10分におよぶ長回しや、『鳳鳴~』の被写体を真正面から捉えたカメラなど、王監督の作品では独特の撮影スタイルが話題になります。今作は全編にわたり非常にスタディックなカメラワークでありながら、映像で視覚的に物語や人物を語っているところが非常に巧みだと思いました。前作『無言歌』で劇映画を手がけられてから、制作上で意識の変化はありましたか?

監督 私は今まで多くのドキュメンタリーを撮ってきましたし、『無言歌』では劇映画を作りましたが、今は劇映画とドキュメンタリーの境界がどんどん曖昧になっていると思います。劇映画を作るうえで難しいのは、それがたとえ虚構であっても、撮影した素材をいかにして真実の物語、映像、キャラクターとしてスクリーン上に見せるかということ。一方、ドキュメンタリーで難しいところは、現実の世界でカメラに収めた映像を、ストーリーとキャラクターの存在する映画として成立させることですね。ドキュメンタリーで撮影する素材はリアルなものですが、それが映画になったときに良い作品になるかどうかが重要です。ドキュメンタリーではあるけれども、編集段階で劇映画の要素を取り入れて調整していくことが大事です。

‐‐デジタルカメラの軽量化によって、ドキュメンタリーは多元化し、よりパーソナルな空間に踏み込むことが容易になりました。表現の領域は拡大したと思いますが、それによって露悪的になったり、他者を恣意的に規定してしまうことにつながる恐れも。王監督はそういった点に敏感だという印象があるのですが、実際撮影する際に注意されていることは?

監督 フィルムの時代に比べて、カメラはどんどん生活の中に入り込み、その密接さや深度や幅も広がっています。デジタルの良いところは、カメラが文字やその他多くの記録方法に取って代わり、我々の生活を変革したということですね。そうした優れた点もある一方、当然、人のプライバシーにずかずか踏み込むという事態も起こっています。私自身は、フィルムメーカーとしてだけではなく、たとえどんな職業であっても、人として道徳の線を引くことが必要だと思います。何が道徳的で、何が不道徳なのか。その原則を意識して撮っています。

‐‐最後にご自身のことを少し。DVDやインターネットを通じて観ている人もいるかもしれませんが、監督の作品は中国で上映することができません。もちろん各々がポリシーをお持ちだと思うのですが、映画監督である以上、やはり自国の中国でも映画館で多くの観客に自分の作品を観てもらいたいという思いもあるのではないのでしょうか?

監督 もちろん、映画監督であれば誰しも、より多くの人に自分の作品を観てもらいたいとは思います。しかし、中国の現状では、私はどうすることもできません。ですから、自分にとってもっと重要なのは映画を作り続けていくことだと考えています。それがいつ上映できるか分かりませが、大切なのは、私がまだ映画を撮ることができ、撮りたい映画を作り続けることができるということ。それ以外のことはあまり考えないようにしています。でないと時間がなくなってしまいますから。


<取材後記>
独特の映像スタイルや際どいテーマ選択から、もっととんがった感じの人物像を勝手にイメージしていた。しかし実際にお会いしてみると、饒舌で腹から声を出す人の多い中国の方にしては、王監督は言葉数も声量も控えめ。そして穏やかでおっとりした表情・・・と思いきや、「午後の仕事はお昼寝しないとツラいんです」とのことで、若干お疲れ気味だった模様。「すみません」と言いつつ、テヘッと笑うとイタズラ小僧のようなお茶目なお顔になるのが意外な驚き。一体その穏やかな目は何を追っているのか・・・と、益々今後の動向に目が離せなくなった。





Profile for Wang Bing
1967年11月17日、中国・陝西省西安生まれ。魯迅美術学院で写真を専攻したのち、北京電影学院映像学科に入学。1998年から映画映像作家として仕事を始める。1999~2003年にかけて制作したドキュメンタリー『鉄西区』は、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画際グランプリをはじめ、世界の映画祭で高い評価を獲得。続く『鳳鳴‐中国の記憶』で2度目の山形国際ドキュメンタリー映画際グランプリを受賞。2010年ヴェネチア国際映画祭では、『無言歌』がサプライズ・フィルムとして上映された。

三姉妹~雲南の子
原題:三姉妹
監督:王兵
配給:ムヴィオラ
フランス・香港合作/2012年/153分
(c)ALBUM Productions, Chinese Shadows

2012年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門最優秀作品賞
2012年ナント三大陸映画祭 グランプリ/観客賞

5月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

公式HP http://moviola.jp/sanshimai/

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