オブリビオン
映画の詳細に触れていますのでご注意ください。
本コーナーの第6弾はトム・クルーズ主演『オブリビオン』。えっ、絵なんか出てきたっけ? と思う人もいるでしょうが、アンドリュー・ワイエスの絵画が登場するのです。
アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。アメリカの国民的画家と評される彼の代表作「クリスティーナの世界」(1948)は、何とも不思議な絵です。寂莫とした草原を這うように進もうとするワンピースの女性。こちらに背を向けているため表情は伺えないですが、彼女が目指すのは丘の上にある家だと誰しもがわかります。そこに至る道に、彼女を阻む障害物は何もない。しかしながら、彼女の足は鉛のように重そうに見えます。ワイエスの別荘の近くに住んでいたクリスティーナと呼ばれるこの女性は、小児麻痺に侵され足が動かない。それでも、車いすなどの補助具を拒み、いまの自分の「体」だけで生きようとする姿勢を貫いたそうです。細い手足とは裏腹に、その背中には強靭な帰巣本能が宿っているかのようです。
でも、この絵が『オブリビオン』というSF映画に登場するのは一見意外に思えますね。時は2077年。エイリアンに攻撃され、地球を捨て土星の月に移り住んだ人類。そんな中、荒涼とした地球に残って監視を続けるジャック(トム・クルーズ)とヴィカ(アンドレア・ライズブロー)のふたりは、5年の任務を終えあと数日で帰還しようとしていました。そんなある日、ジャックはパトロール中に壊れた宇宙船を見つけ、カプセルに眠る女性を助け出します。60年ぶりに目覚めたジュリアと名乗る女(オルガ・キュリレンコ)に失われた記憶を揺さぶられたジャック。自分はジャックの妻だと語るジュリアの言葉に、自らの存在に疑問を持ち始めたジャックは、やがて衝撃的な事実を知ることになります。60年前の戦闘で捕縛されたジャックは、敵の手によりクローン化されて逆に地球を攻撃したこと。そしていまの自分もクローンであると言うこと……。
記憶を抹消されたクローンである主人公。オリジナルではないにもかかわらず、人類が残した過去の遺産に興味を抱き、残された自然への愛を示し、いまなお地球への憧憬を抱きつづける。帰るべき場所へ戻ろうとする本能―例え記憶を忘却しても―はクローン・ジャックの中にもかろうじて残っているのですね。「オブリビオン」とはまさに「忘却」という意味ですが、それでも残される帰巣本能こそ、A・ワイエスの描いたクリスティーナの姿に相通じるものがあるのではないでしょうか。敵地に乗り込もうとする前夜、図書室に架けられたこの絵を前にしてジュリアはジャックに「故郷を思い出す」と語ります。アメリカの原風景の中、ひたすら家を目指すクリスティーナ。クローン・オリジナル問わず人類に残された、帰るべきところに帰りたいという本能と、限られた中でも生へむかってもがく姿は、『オブリビオン』と言う映画を紐解く鍵になってくるのではないでしょうか。
A・ワイエスと言う画家、実は私も詳しく知らなかったのですが、この絵画が本作に登場したことでいろいろと学ぶことができました。「クリスティーナの世界」もそうですが、一人の女性を長年にわたって描き続けた「ヘルガ」シリーズなど、一度はきちんと見ていたいものです。映画とアート、いろいろな観方・楽しみ方をこれからも続けていけたらなと思っています。
▼作品情報▼
『オブリビオン』
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:トム・クルーズ、モーガン・フリーマン、オルガ・キュリレンコ、アンドレア・ライズブロー
2013年/米/124分
(C) 2013 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://oblivion-movie.jp/
▼絵画▼
アンドリュー・ワイエス「クリスティーナの世界」(1948)
ニューヨーク近代美術館/ニューヨーク、アメリカ
Andrew Wyeth Christina’s World
http://www.moma.org/collection/object.php?object_id=78455
▼参考文献▼
・「アンドリュー・ワイエス」リチャード・メリマン著 渡辺眞監修・訳 同朋舎出版
・「ワイエス画集Ⅲ ヘルガ」アンドリュー・ワイエス、ジョン・ウィルマーディング著 桑原住雄監修・訳