いとしきエブリデイ

人生は“毎日”の積み重ね~当たり前のことに気づかされる

 英国の俊英マイケル・ウィンターボトム監督が5年の撮影期間を費やしてつくりあげた家族の物語・・・と聞くと、いかにも壮大でドラマチックな大作のように感じてしまうかもしれないが、さにあらず。彼の最新作は、英国の田舎に暮らす、ごくごく普通の家族の、ごくごく普通の日常を優しさと温かさで包んだ作品だ。

この家族の両親役は俳優だが(母親役シャーリー・ヘンダーソンは『ハリー・ポッター』シリーズの嘆きのマートル役で有名)、4人の子どもたちは実の兄弟。プロの子役でもなく、監督が偶然見つけた子どもたちだ。前述のとおり撮影期間が5年と長期だが、5年間べったり撮影していたわけではなく、1年のうち夏とクリスマスの時期に、監督とスタッフが兄弟の実際に暮らす家に赴き、数日から2週間ほど撮影するというスタイルを貫いた。

5年という歳月は、つくりものの映像なら「○年後」というテロップとともに、一瞬でワープできる。子役の交替もありだ。だがウィンターボトムはそうしなかった。四季の変化や兄弟の実際の身体的成長をスクリーンに丁寧に積み重ね、時の経過を綴る。撮影当初は8歳、6歳、4歳、3歳の子どもたちだが、映画のラストでは一番上の長女は13歳。大人びた表情も見せ、思わず「ま~大きくなって」とこちらが母親気分になってしまう。この家族は、父親は薬物に手を出し服役中、母親が昼夜働き家計を支え、裕福とは言えない。しかし、スクリーンから溢れる、心がほわっと温かくなるような、えも言われぬ豊かな情感といったらどうだ。彼らのリアルな息づかいが手に取るように伝わり、映画の世界に身を任せたくなるような心地よさがある。

 ウィンターボトムは過去にも、フィクションでありつつも限りなく事実に近いアフガン難民の現実を描いた『イン・ディス・ワールド』(03)など、リアルなドキュメンタリータッチの作品を撮っているので、その点においては彼らしい映画と言えるのだろう。だが『イン・ディス・ワールド』『グアンタナモ、僕達が見た真実』(06)のような硬派な作品とは違い、優しい。しかもマイケル・ナイマンの流麗な音楽が、風景に、家族の思いに寄り添い、それがあまりにもマッチして“日常の幸せ感”を増幅させる。彼らの“エブリデイ”は明日も続くのだ。人生とは毎日の積み重ね。そんな至極当然のことを改めて思い起こさせてくれる。

我々は311後、日常の大切さを噛みしめる機会が多くなったのではないだろうか。特に劇的なことも起こらない、平凡な日々。震災前はそういう日々を退屈と疎かにしていたかもしれない。だが、こうして生きていて、生きていること自体が奇跡だからこそ、普通の日常の尊さを思うのだ。だから本作で描かれている家族の日常が、我がことのようにいとおしく感じる人も多いはずだ。

余談だが筆者は、一昨年の第24回東京国際映画祭でウィンターボトム監督が来日した際、光栄なことにインタビューさせて頂いた(記事はこちら)。対面した監督は温和な語り口で、映画やサッカーについて話して下さり、とても充実した取材になったことを思い出す。それにしても、あの取材時でも本作のプロジェクトは進行中だったのか・・・と思うと、作品そのものにも親近感が湧き、感慨深い。

▼作品情報▼
監督:マイケル・ウィンターボトム
脚本:ローレンス・コリアット、マイケル・ウィンターボトム
出演:シャーリー・ヘンダーソン、ジョン・シム、ショーン・カーク、ロバート・カーク、カトリーナ・カーク、ステファニー・カーク
音楽:マイケル・ナイマン
配給:クレストインターナショナル
2012年/イギリス/英語/90分/カラー/ビスタ/デジタル
原題:EVERYDAY
公式サイト:http://www.everyday-cinema.com/
© 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.
11月9日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー

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トラックバック-1件

  1. soramove

    映画「いとしきエブリデイ」でも、いとしくは感じられなかった…

    映画「いとしきエブリデイ」★★★ シャーリー・ヘンダーソン、ジョン・シム、 ショーン・カーク、ロバート・カーク、 カトリーナ・カーク、ステファニー・カーク出演 マイケル・ウィンターボトム監督 90分、2013年11月9日より公開 2012,イギリス,クレストインターナショナル (原題/原作:EVERYDAY)…

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