『あの頃、君を追いかけた』九把刀(ギデンズ・コー)監督インタビュー<前編>:「演技を通して彼女が何を思っていたのか教えてもらいたいと思っていた」

 2011年以降、中国語圏のメディアには「那些年(あの頃)~」で始まる言葉が溢れ、一躍流行語となった。
 台湾映画『あの頃、君を追いかけた』(原題: 那些年,我們一起追的女孩)は、11年夏に台湾で公開されるや、社会現象になるほどの大ヒット。香港でも大人気を博し、チャウ・シンチー監督の『カンフーハッスル』が2004年に打ち立てた記録を破り、香港で公開された中国語映画で歴代1位の興行収入を叩き出した。
 この作品は、「まだ取り返しのつかないことなんか何もない!」と誰もが思っていた “あの頃”の初恋を描く青春映画。正直、女性の筆者からすると、過去の思い出をずっと胸にしまっているところなどいかにも男の子目線だし、下品で、バカげた描写がテンコ盛りの「男子ってアホだなー」と思わず呆れる作品だったりする、最初は。しかし話が進んでいくにつれ、物語のどこかに自分の視点が入り込み、いつしか熱いものが胸に広がっていくのである。それは、人によっては“あの頃”の甘酸っぱい思い出かもしれないし、「“あの頃”の自分に胸を張れる大人になれているのか」と自問自答する苦い気持ちなのかもしれない。心のフックに引っかかる何かが必ずある。それがこの映画が大ヒットした理由の一つではないだろうか。
 本作の生みの親は、ライトノベルなどで人気の作家・九把刀(ギデンズ・コー)。原作・監督・脚本を務めた彼は、映画制作については素人同然。にもかかわらず、自身の青春時代を描いた自叙伝的小説を基に映画を撮り、大成功を収めた。1978年生まれの35歳。9月14日の日本公開を前に来日した九把刀監督は、映画の主人公同様、愛嬌があってどこか自信たっぷり(本人がモデルなので当たり前か)。ここまで大成功すれば自信満々でも至極当然と思うのだが、高慢さは全く感じさせない不思議な魅力を持つクリエイターだ。


―『あの頃、君を追いかけた』は台湾をはじめ香港、中国大陸でも大ヒットしました。ご自身の実話ということで、自分の青春の出来事がこれほど多くの人に支持されているという今のお気持ちを教えてください。

 すごくラッキーだし、不思議な感じです。台湾での公開から2~3年経って、また日本まで宣伝に来るチャンスがあるなんてびっくり。でも、本当に嬉しいのは、世界中の人が柯景騰(コー・チントン ※1)は沈佳儀(シェン・チアイー ※2)のことを好きだったと知っていることですね。

※1:主人公の名前であり、監督の本名でもある ※2:モデルになった女性の名。本作のヒロインの名前は「儀」を「宜」に変更してあるが、読み方は同じ)

―実在のチアイーさんは今どうしてらっしゃいますか?映画はご覧になったのでしょうか?

 ご主人は中国で仕事をされていますが、彼女は台湾に住んでいますよ。映画は観てるはずです。彼女の感想?聞いていません。いや、つまり、ちょっと状況が複雑で…メディアの方に彼女のことはあまりお話できないんです。でも、この映画を作ったことを喜んでくれていました。僕は当時と変わってないと言ってましたね。

―実際何も変わってないのですか?

 はい、ちょっと太っただけ(笑)。あくまで彼女が言っていたのですが、実物より随分イケメンだけど僕の役に柯震東(クー・チェンドン)を選んだのは正解だって。表情や話し方が昔の僕に似てるそうです。彼女の方は、「(自分より)ずっと美人の陳妍希(ミシェル・チェン)を選ぶなんてどういうつもり?」って恥ずかしがっていました。

―思い入れの強いキャラクターということで、主演の2人に演技面で特に要求したことはありますか?

 クー・チェンドンにはいろいろ言いましたね。だって、彼は僕を演じるんだから。当時の僕が考えていたことを表現してほしかった。彼とは話し合って役を作るという感じではなく、僕らはどんな時に笑って、どんな時に怒ったのか、それを芝居してほしかったんです。逆に、チアイーについては、ミシェルに自分で考えて演じてと言いました。僕とチアイーとの間で当時あったことをミシェルに話すことはできるけど、チアイーの気持ちは想像するほかありませんから。ミシェルには、演技を通してチアイーが一体何を思っていたのか、僕に教えてもらいたいと思っていました。だから、2人への演技指導には随分違いがありましたね。現場ではミシェルとおしゃべりするほうが好きでしたけど。

―どんな話をしていたのですか?

 演技とは一切関係ありません。「ちゃんとご飯食べた?」とか、「楽しい?」とか、「いじめられてない?」とか、「待ちくたびれたね。あとで何が飲みたい?」とか。

―撮影当時(2010年夏)のミシェル・チェンさんは27歳なのに、ちゃんと女子高生に見える初々しさ、可愛らしさに驚きました。演出する上で、効果的に見せることができた秘訣は何かあるのでしょうか?

 カメラマンの力が大きかったですね。彼にとっては初めての映画だったので、チャンスをものすごく大切にして、心を込めて撮っていました。もう、それは嬉しそうにいっぱいライトをセットして。普通、ライティングの調整に長い時間かけられると煩わしいものなのですが、僕はその間にミシェルとおしゃべりできるので、ゆっくりやってくれと思っていました。それにライティングがきちんとしていれば、ミシェルをきれいに撮れますから。

―監督は映画制作を専門に勉強された経験はありませんよね。初めて長編映画を撮るということで、いろいろ準備されたのでは?

 とてもラッキーなことに、この映画にはお金がありませんでした。エグゼクティブ・ディレクターも、助監督も、カメラマンも映画は初めての新人ばかり。制作会社だって映画は初めて。だからお金は集まらない。人は全員揃っていても、長いこと暇だったんです(※3)。その間、どうやってこの映画を撮ったらいいか、時間をかけて研究することができました。退屈になったら主演の2人を呼んで演技させてみたり。役柄をどう演じるのかじっくり確認し合いましたね。それほど暇だった。他の出資者からあまり口出しされなかったのもよかったですね。もしバジェットの大きい作品だったらいろいろありますから。
 みんな映画は初めてだったので、ほんとに真剣に取り組みましたよ。サボる方法が見つからないというべきかな。新人ばかりで力を合わせて映画を作る、こんな経験は一生で二度とないですよね。

※3:本作はクランク・イン前に最大の出資者が急に手を引いてしまい、資金繰りに苦労している。なかなか出資が集まらず、監督やプロデューサーまで私財を投げ打って完成させた)

―何か参考に観た映画はありますか?

 いっぱいあります。スタッフたちと一緒に何本も映画を観て、「学校はこんな雰囲気がいいよね」とか「色味はこれに近い感じかな」とか、これまた長い時間をかけて話し合いました。撮りたいのは“楽しい学園映画”だとずっと思っていたので、台湾の映画は基本的に参考にしていません。だって、抑圧された作品が多いでしょう?『藍色夏恋』って観たことあります?あの青春の感じはいいと思うんですが、後半、転調しますよね。そこからがあまり好きじゃない。日本の青春映画は楽しいものが多いですね。『ウォーターボーイズ』みたいに、若者たちがワイワイガヤガヤやりながら一つのことをやり遂げるような。台湾の青春映画は悩ましいことが多くてうっとうしい。性の悩みとか、政府への不満とか。若者は政府に対する抗議活動において一番重要な層だから、よくデモのシーンが出てくるでしょ。…僕の青春にはそういうことが無かったからなぁ…というか、実はほとんどの人に無いでしょう?
 台湾の若い映画監督って、みな僕よりずっと優秀なんです。これ、本当。彼らは一日中悩んでるけど、僕はバカ。これじゃ悩ましい映画なんて撮れないですよね。悩んだ事といえば彼女を振り向かせられなかったことだけ。小さい悩みですけどね(笑)。

監督が撮影中に唯一、不満に思ったこととは…<後編>に続く!




▼作品情報▼
あの頃、君を追いかけた
原題: 那些年,我們一起追的女孩
製作総指揮:柴智屏(アンジー・チャイ)
監督・脚本・原作:九把刀(ギデンズ・コー)
出演:柯震東(クー・チェンドン)、陳妍希(ミシェル・チェン)、郝劭文(スティーブン・ハオ)、鄢勝宇(イエン・ションユー)、荘濠全(ジュアン・ハオチュエン)、蔡昌憲(ツァイ・チャンシエン)、胡家瑋(フー・チアウェイ)
配給:ザジフィルムズ、マクザム、Mirovision
2011年/台湾映画/110分
(c)Sony Music Entertainment Taiwan Ltd.

9月14日(土)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

http://www.u-picc.com/anokoro/

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