メキシカン・スーツケース<ロバート・キャパ>とスペイン内戦の真実
2007年、メキシコでロバート・キャパの失われたはずの4500枚のネガが発見された。その中には、スペイン内戦中行動を共にしたキャパの恋人ゲルダ・タロー、デービッド・シーモアが撮った写真も入っていた。これはある意味凄いことである。最近出版された沢木耕太郎氏の「キャパの十字架」では、彼を一躍有名にした写真「崩れ落ちる兵士」の真贋についての考察がされているのだが、少なくとも、その写真が誰のカメラで撮られたのか、これに繋がる一連の写真の時系列がどうなっているのかは、ネガさえあれば容易にわかることだったはずだ。映画の中でもネガが発見されたことにより、それまでキャパの写真と思われていたものがゲルダのものであることが明らかになり、戸惑う人たちもいる。一方そんなことは重要ではない。彼らがその時代そこで戦場を記録したことが大切なのだという人もいる。本作は、後者の視点に立った作品である。
21世紀に入ってスペインの内戦を舞台にした映画が日本でもいくつか公開されている。『ブラック・ブレッド』(11年)『ペーパーバード 幸せは翼にのって』(10年)『パンズ・ラビリンス』(06年)などなど。なぜ今スペイン内戦なのか、本作を観るとそれがよくわかる。スペインが民主制に移行して四半世紀たち、過去を振り返ろうという機運がようやく生まれ、それが2007年、“歴史記憶法”に結実する。(歴史記憶法については、富田優子『ブラック・ブレッド』アグスティー・ビジャロンガ監督インタビューを参照←こちらをクリック)その流れを受けて、今スペイン、スペイン系メキシコ人の若者が、自分たちの過去を知ろうとしている。スペイン内戦から70年、その時代の証言者たちも高齢になり、彼らの生の声を聞くことができるギリギリのラインに来ているのである。今まで黙して語らなかったお年寄りたちも、今ようやくその重い口を開き、孫たちに記憶を語り始めたところなのだ。
「内戦の時よりその後が大変だった。若いころの夢が奪われてしまった」「国を脱出しフランスで保護されたが、現実は、風吹きすさぶ砂浜の掘立小屋で食べ物もなく、収容所のような扱いであり、人間としての尊厳まで奪われてしまった」さまざまな証言を裏付けるかのように、発見されたキャパたちの写真が挿入される。彼らの写真は時代の証言者の声と合わさり、より多くのことを語りかけてくれる。あの時と同じ場所に立って、彼らの写真をかざして見れば、70年前の出来事がつい昨日のことのように眼前に迫ってくる。発見されたネガは、研究者たちにとっても貴重なものだが、それ以上にスペインの人々にとってかけがえのないものとなったのだ。
メキシコに逃れたスペイン人たちと同じ運命を辿った末、ようやく70年後、“歴史記憶法”が出来るのと同じタイミングで発見されたネガ。その過程を観ていると、そこに運命の不思議を感じてしまう。まるで今この時に陽の目を見ることを待ち続けていたかのようである。「過去を見つめ過去に学ばなければ未来はない」作中のそんな言葉が心に響く。日本で今問われるべきことは、まさにこのことだ。また、現代の戦争に目を向けてみれば、政府や軍の取材制限が厳しくマスコミは、政府発表に頼らざるをえないという現状がある。このままでは、未来の私たちは、過去を見つめ直すことができるかどうかさえ怪しい。彼らの危険を顧みない、けれども何者からも自由だった写真を見ているとそんな危惧も感じざるを得ない。
▼『メキシカン・スーツケース<ロバート・キャパ>とスペイン内戦の真実』作品情報
原題:The Mexican Suitcase
監督:トリーシャ・ジフ
撮影:クラウディオ・ローシャ
音楽:マイケル・ナイマン
製作年:2011年/86分/メキシコ・スペイン・アメリカ
配給:フルモテルモ、コピアポア・フィルム
(C)212 Berlin/Mallerich Films Magnum Photos/International Center of Photography, NY
公式サイト:http://www.m-s-capa.com/
※2013年8月24日よりシネマカリテ他全国順次公開