『故郷よ』ミハル・ボガニム監督インタビュー:「一度の事故でその後の人生すべてが壊される。哀しいことに、そういうことは既に忘れ去られているのです」

 チェルノブイリからわずか3キロの町、プリピャチ。1986年のその日、美しい娘アーニャは幸せな花嫁だった。原子力発電所で事故が起こっていたことなど誰も知らない。しかし、消防士の新郎は式の途中で“山火事の消火”に駆り出され、二度と戻ることはなかった。同じ日、森林警備隊員のニコライは息絶えた動植物から異変を感じ、原子力発電所の技師アレクセイは事故発生の電話を受け、急いで妻子を避難させる…。2月9日公開の映画『故郷よ』は、知らぬ間に放射能に汚染された町の人々の事故発生直後と、その10年後を描く。
 丹念な取材で聞き取ったエピソードを基に、実際にチェルノブイリ近郊の立入制限区域内で撮影した生々しい光景と、登場人物それぞれのドラマが説得力を持って迫る。本作が初めての長編劇映画となったミハル・ボガニム監督にお話を伺った。


■立入制限区域内での撮影は「絶対」
 母親のルーツがウクライナにあるというボガニム監督。『故郷よ』を撮るきっかけは、映画でも描かれるようなチェルノブイリ・ツアーに参加したことだったという。
「自分の目で見て、強い衝撃を受けました。ゾーン(発電所から30キロ圏内の立入制限区域)の中は、事故が起こってからまるで時間が止まっているかのようだった。それは2006~07年頃のことですが、その時からこれを題材に映画を撮ろうと考え始めました。自分の中で絶対と決めていたのは、実際にゾーン内で撮影するということ。セットではなく、私がゾーンで感じた衝撃をそのまま見てもらいたいと思ったんです」
 事故の被害に遭った当事者たちに取材を重ね、脚本執筆には3~4年の月日をかけた。
「取材に対しては、皆さん、進んでお話してくださいましたね。とういうのも、ウクライナではあまりチェルノブイリについて話す機会や場所がないからです」
 取材したエピソードの数々をフィクションとして構築したことで、真実やメッセージがより伝わる形になった。
 なかでも、ヒロイン・アーニャの存在が、この作品にある種の豊潤さを与えている。アーニャが美しい女性であるがゆえ、放射能に蝕まれている事故10年後の姿には凄みが加わり、また、彼女と人生を共に生きたいという男性たちの存在が作品にドラマを加えた。監督は当初、この役に美人女優オルガ・キュリレンコの起用をためらったという。オルガの起用が決まったことで、もともと準備していた設定に変更は生じたのだろうか?
「オルガの起用で脚本を変えたところはありません。ただ、ボンドガール(『007 慰めの報酬』)を演じたこともあるような美しい方なので、これまでの煌びやかなイメージを払拭する準備があるのか?それ以上に、ゾーンの中での撮影に同意してくれるかどうかを心配したのです。でも、彼女にはイメージを変えたい、女優として認められたいという強い意欲がありました。役作りについては、1人の女性が原発事故によっていかに変わっていくかというところに焦点をあてていくという話をしましたね」
 チェルノブイリ・ツアーのガイドをしている10年後のアーニャは、婚約者からパリで暮らそうと誘われている。幼い頃に戦争から逃れるため、イスラエルからフランスに移住した監督自身のアイデンティティを重ねた部分もあったのはないだろうか。
「そうですね。私自身のそういう部分もあって、この作品はチェルノブイリの事故というよりも、住み慣れた場所や故郷の喪失を大きなテーマとしているのです。また、当時のウクライナの女性のなかには、現実やその土地から逃れるために、外国人との結婚や関係を求めて出て行ったケースも多かったと取材から分かったので、ストーリーにも反映させています」
 最後にアーニャが選び取る道とは?それは、監督がこの映画を通して伝えたかった彼の地の人々の生き様でもある。

■劇映画としての見せ方
 劇映画として制作したことで、より真実を伝えることに成功している本作。ボガニム監督は、シネマ・ヴェリテの創始者として知られる映画監督で文化人類学者のジャン・ルーシュ氏に映画作りを師事している。
「ルーシュ氏は人類学者で、海外で母語以外の言語で撮影をされてきた人です。そうした方法や、人を観察する習慣も彼から学びました。もちろん、彼は人類学者ではあるのですが、映画的な見せ方もされる方で、ドキュメンタリーも撮るしフィクションも撮る。両方の側面を上手く捉えて映像化できる。この映画にも彼から学んだ方法が反映されています」
『故郷よ』の見どころは、その内容もさることながら、美しい映像にもある。とりわけプリピャチの自然を捉えた前半部分の美しさは、後半部分の荒廃とのコントラストを際立たせ、ドラマを効果的に見せている。撮影には、『ユリシーズ』『太陽と月に背いて』(共に95)などで知られる名カメラマンのヨルゴス・アルヴァニティス氏を起用した。
「彼の過去の作品が好きで、私からお願いしました。ただ現実の風景を収めるだけでなく、自然の美しさを切り取り、詩的な映像効果や流れるようなカメラワークを得意とする方。長回しも上手いので、この作品には彼が一番だと思いました」

■編集画面と福島の事故が重なる
 今なお立ち退きを強いられた住民が帰還できる見通しの立たないチェルノブイリ。そこで起きたことと同じ光景を、ボガニム監督はこの映画の編集作業中にテレビで目の当たりにすることになる。
「25年前の出来事が、いまこの2011年でも起こっているんだということに衝撃を受けましたし、テレビからチェルノブイリの時と同じ単語、同じ映像を目にしたり、耳にしたのですごく不思議な感じがしたんです。福島の事故を受けて、編集中の作品に影響が及ぶことはなかったのですが、異なる時代に、自分が作業している編集画面とテレビ画面に同じような映像が映るという不思議な感覚を覚えましたね」
 福島の事故を受けて欧州各国では原発の是非をめぐる議論が高まり、ドイツなどはいち早く“脱原発”を決めた。一方、当事国の日本は再稼動に向けて舵を取りつつあり、賛否両論巻き起こるも、大部分の国民は静観の構えだ。映画制作を通じて原発事故の影響を見つめ続けた監督の目に、この状況はどのように映るのだろう。
「私は特に原発の賛成・反対を思って映画を撮ったわけではなく、ただその影響をテーマに作ったので、何とも言えない部分ではあります。それに、エネルギー問題というのは非常に難しく、科学者でもない私が色々と言えることではありません。ただ一つ、原発事故の影響が放射能などという目に見えないものであるからこそ、再稼動について皆さん強く抗議されないのではないかという想像はできます。また、ちゃんとした情報が入ってこないことによって、どのような影響が出るのか想像、もしくは理解し切れていない部分があるのだとすれば、それは問題ですよね。実際、私もゾーン内で撮影を行ったとき、やはり放射能というのは目に見えない、肌で感じられないものなので、危険なエリアにいるということを忘れてしまいがちになるのです。情報がない、見えない、感じられないものだからこそ、非常に深刻な問題。また、2011年東京国際映画祭(「失われた大地」のタイトルでnatural TIFF部門にて上映)に参加した際のことなのですが、運営側が鑑賞後の観客のリアクションを非常に懸念して、主要部門での上映を悩まれていた。最終的に出品できたので良かったですが、日本ではそういう風に被害者や相手の気持ちを慮るばかりに、あまり話題に上らせない傾向があるのかもしれませんね」
 チェルノブイリが四半世紀もかけて歩んできた、そしてこれから歩んでいく長い長い道のりと、同様の道を福島も辿ることになるのだろうか。最後に、『故郷よ』制作を通じて、チェルノブイリ原発事故後の状況に、何か“希望”は見えたのだろうか?
「ノー・ホープ。汚染されたあの地域は暗く、将来に希望を見出せた部分はありません。若い世代はチェルノブイリから離れて行き、ゾーンに暮らしている方はお年寄りばかりという意味でも、あまり希望は持てないと思う。一度の事故によって、その後の人生がすべて壊されてしまう。それが、この映画づくりを通して一番印象に残ったこと。哀しいことに、そういうことは既に忘れ去られ、関心を持たれなくなっている。非常に残念なことだと思います」
 

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Profile
Michale Boganim
1973年7月17日、イスラエル・ハイファ生まれ。幼少期に両親がレバノン戦争に巻き込まれ、家族でパリへ移住。ソルボンヌ大学で人類学を学び、ジャン・ルーシュに映画製作を師事する。その後イスラエルに戻り、ヘブライ大学で哲学と歴史を専攻、写真撮影も始める。99年に渡英し、英国国立映画テレビ学校で監督業を学ぶ。05年発表のドキュメンタリー“ODESSA…ODESSA!”がベルリン国際映画祭など50以上の映画祭に招待された。現在はパリとテルアビブを拠点にしている。


『故郷よ』
英題:Land of oblivion
監督・脚本:ミハル・ボガニム
出演:オルガ・キュリレンコ、アンジェイ・ヒラ、イリヤ・イオシフォフ
提供・配給:彩プロ
2011年/フランス・ウクライナ・ポーランド・ドイツ映画/108分
© 2011 Les Films du Poissons

公式HP http://kokyouyo.ayapro.ne.jp/
2月9日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

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