(注目作関連コラム)『故郷よ』ミハル・ボガニム監督の視点に触れて
ドキュメンタリー作家として映画を撮ってきた『故郷よ』(公開中)のミハル・ボガニム監督。共通の友人がいた縁で、来日したボガニム監督と離日前日に会う機会があった。話してみるとジャーナリスティックな視点と交渉の手腕が感じられる。
日本に滞在中には取材や上映会で訪れた福島でも、短い間に多くを観察し、感じ取っていたよう。「日本のマスコミにとって、原発のことはタブーみたいね」と聞かれたので、どういうことか尋ねると「某新聞社からは、映画紹介はするけれど、インタビュー記事は掲載できないと言われたの。新聞社のトップが原発推進派だから」。
これは空恐ろしいことである。文芸担当が、映画を純粋な芸術表現として評価することを許されていないことであり、そして上層部の検閲が入る(または社内で上層部の顔色を伺う)ということである。
映画を見た方にはわかるが、これは原発の恐怖を煽るわけでも、原発反対を声高に叫ぶ映画でもない。声無き人と、生気無き街の過去と現代を捉えた「個」と「街」の歴史である。
本作の英語題は”Land of Oblivion” – 忘却の地 – その忘れ去られたものの悲しさが放つ美しさ。そしてそこには実は離れることができない人たちがいるという皮肉。日々スラブティチとチェルノブイリを行き来するアーニャは、チェルノブイリを出る際に入念に体を洗う。その暖かみの全くないシャワー室で、彼女は静かに蝕まれてゆく体と対峙するーー。
まだ詳細は決まっていないが、ボガニム監督が福島でドキュメンタリーを撮影する、または何らかの関わりを持つ可能性もあるかもしれない。筆者も撮影や取材で何度も震災後の東北を訪れたが、居住が許可されていない南相馬などはゴーストタウンと形容するしかない。撮影中、いきなりスピーカーから流れた音楽が人通りのないかつての目抜き通りに流れ、映画のようなシュールな雰囲気を体験したこともある。
ボガニム監督は2005年の “ODESSA… ODESSA!”で大きな注目を集めたが、同作の上映には、『故郷よ』でアーニャがつかの間の休暇に訪れるオデッサのシーンにも出てくる階段に映像が投影されたという。そしてこの階段こそ『戦艦ポチョムキン』で知られるあの階段なのであった。
text by:松下由美
profile for Yumi Matsushita
映画祭や映画宣伝の司会・英語通訳のほか「中華電影データブック」「アジア映画の森」などへの執筆を行う。外国映画・メディアの製作や映画祭のキュレーターも担当している。https://twitter.com/MatsushitaYumi
『故郷よ』
英題:Land of oblivion
監督・脚本:ミハル・ボガニム
出演:オルガ・キュリレンコ、アンジェイ・ヒラ、イリヤ・イオシフォフ
提供・配給:彩プロ
2011年/フランス・ウクライナ・ポーランド・ドイツ映画/108分
© 2011 Les Films du Poissons