【TIFF】眠れる美女(WORLD CINEMA)

ある女性の尊厳死を巡って― 生と死を見つめる人間の眼差し

(第25回東京国際映画祭 WORLD CINEMA)

イタリア全土を揺るがした、ある女性の死。21歳で事故に遭い、17年間昏睡を続けるエルアーナ・エングラーロ。彼女の尊厳死を認めるか否かという問題は、大きな議論を巻き起こした。もはや回復が見込めないと延命装置の停止を求める彼女の家族は、長い裁判闘争の果て08年に停止を認める判決を得る。一方、ローマカトリック信徒や尊厳死に反対する人々の運動は激化。判決は出たもののエルアーナを受け入れる施設はなく時は過ぎ、翌年になってようやく表明した施設に移送された彼女は、延命装置を外されてから3日後に死亡した。

本作は、この出来事をベースにしながら、エルアーナ同様に昏睡する3人の女性を軸とした3つの物語を同時展開し、生と死を見つめる人間の眼差しを描いた作品である。

第一は、病身の妻に「もう楽にして」と乞われ延命装置を外した過去を持つ政治家と、母の死に納得がいかず父に不信感を抱く娘。折しも時の首相ベルルスコーニは、エルアーナの延命措置停止に反対する世論の大きさを背景に、停止措置を認めた判決を翻すことになる阻止法案を提出。「阻止法案に賛成を」と迫る党の圧力と、自らの信念との間で彼は決断を迫られる。一方、娘は延命措置停止に反対するデモに参加するが、ある兄弟との出会いを通じ、はじめて父の思いに気づく。

第二は、薬物依存で自殺未遂を繰り返す女と薬によって眠っている彼女の覚醒をひたすら待つ医師。目覚めた女は再び自殺しようとし「自分の命をどうしようと勝手」と叫ぶが、医師との攻防の末、女は徐々に心を変えてゆく。

第三は、植物状態にある娘を持つ女優。彼女は娘のために自らのキャリアも美貌も他の家族も捨て「聖女」のように看病に専念する。俳優志望の息子は母に女優復帰を懇願するも一向に受け付けない。しかし彼女は夢の中で、「血の汚れが落ちない!」と強迫的に手を洗い続けるマクベス夫人を演じている。女優の道を捨てきれない心の表れなのか、それとも血の汚れが落ちない=まだ聖女になりきれないと責める心を表しているのか……その判断は観る者に委ねられている。

医学の発展に伴い、人間の死に対する考え方は変化を求められ、様々な議論を生んできた。個人の死はパーソナルなことであるが、この種の問題を扱う時にはその社会の様々な要素―宗教や歴史、文化、死生観といったものが表出する。本作の舞台となったイタリアでは、自殺がタブーであるローマカトリック、バチカンの影響力は相当なものであると推察できるが、正直なところ私などは、一個人の命に関することが、劇中で描かれるような尊厳死容認派と反対派の対立を生んだり、政治的な手段として用いられたことに対し違和感を抱いてしまう。死の時間を操ることに対する拒否反応、「それは神の行為であって人間の行為ではない」と言うのは理解できるが、それならば延命措置自体が矛盾を生まないだろうか? とも思えてくる。

ベロッキオ監督は、「エルアーナ問題」におけるイタリアのマスコミや政治家、国民の反応にショックを受けたという。しかし、映画にするのは早急であるとして、2年の期間を置き、自らの視野を広げたうえで本作を完成させた(TIFF公式プログラムより)。監督のショックと私の違和感が同じ類のものかはわからないが、本作は、一方的な考えを押し付けたり、一つの回答を導き出すものではなく、眠る側とそれを見守る側との対比を通じて、観る者に示唆を与えてくれる。死を論じることは生を論じることだ。どう生きてどう死ぬか。昏睡した人間はもはや言葉を発することはできないが、生きている人間は、意思を表明し、かつ、どのようにでも考え方を変化させることができる。3つの物語には、まさにその「変容」を見いだせる。多様な価値観が存在するからこそ、こういった視点も必要なのではないだろうか。日本での公開を強く望みたい。

▼作品情報▼
原題:Dormant Beauty [ Bella Addormentata ]
監督:マルコ・ベロッキオ
出演:イザベル・ユペール、トニ・セルヴィッロ、アルバ・ロルヴァケル、ミケーレ・リオンディーノ、マヤ・サンサ、ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ
製作:2012年/伊・仏/110分
© Cattleya

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▼第25回東京国際映画祭▼
平成24年10月20日(土)~28日(日)
TIFF公式サイト:http://2012.tiff-jp.net/ja/

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  1. ここなつ映画レビュー

    「眠れる美女」第25回東京国際映画祭WORLD CINEMAアジアン・プレミア…

    とても難しいテーマだと思いました。いや、今テーマに上ることが多い、「尊厳死」の問題を取り上げていて、それ自体は考え方や立場が異なる人々が様々に議論すれば良い事だと思います。しかし、ひとたびそこに宗教的な価値観が入ってくると、私にはさっぱり…もう、ギブアップな訳です。 昏睡状態に陥っていて、いわゆる脳死状態になっている少女を生かすべきか、生命維持装置を外して神の御許に送るべきか…。 イタリアで、17年間昏睡状態であった少女の尊厳死を巡って、政治・バチカン・家族の思い…等々さまざまな立場から様々な論議が…

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