『希望の国』園子温監督インタビュー:「原発問題の渦中で映画を撮ることがすごく重要だった」 (2/2)

■“理想の家族”を登場させた

―中高年の方の映画の見方というお話が出ましたが、『希望の国』の夏八木勲さんと大谷直子さん演じる主人公夫婦の愛情の描き方にちょっと驚きました。

 夏八木さんも大谷さんも、超過激なセクシー映画に出演されてましたから、そんなの全然ですよ(笑)。だから、上の世代の方がそういう描写に強いんです。それこそロックンロール世代ですから(笑)。

―そうしたイメージも手伝ってキャスティングされたのですか?

 キャスティングに過去作のイメージは一切関係ないです。有名か無名かでも何でもなく、一番大事なのはこの映画にピッタリ合う人を探すこと。今回は、主人公には夏八木さんしかいなかったですね。福島の田舎で酪農をやっている男性っていうことになると、だいぶ限られてきてしまいますから。

―大谷さん演じる妻・智恵子は認知症を患っていますが、この設定の意図は?

 僕の母も認知症なのですが、どこかで自分の父親の痴呆症をすごく面白おかしく書いている文章を読んで大笑いしたことがあるんです。誰の作品だったのかを忘れてしまったのが歯がゆいんですけど、「あ、こういう取り込み方もあるんだな」と思って。それから、智恵子を認知症にした理由としては、彼女が時間や時空をいとも簡単に超えていけるからですね。そういう存在がいると、この原発事故に関する日本の滑稽な姿というものを、何というのか……深刻にならずに(映画として)面白く観られる。深刻に、がっつり自分のメッセージを込めちゃいすぎると、“そんなの映画にしないでくれ!”“本にしてくれ!”っていうものになってしまう。

―村上淳さん演じる息子・洋一のキャラクターも、園監督ご自身を投影されているそうですね。

 そうですね。ムラジュンが自身を投影した時に一番しっくりきました。

―本作の息子夫婦は両親に非常に愛着を持っている青年という風に描かれています。

 今まで家族問題をずっと描いてきましたが、この映画には問題を抱えた家族はいらないというか、僕の中の一番理想の家族を出したかったんです。家族問題を抱えた人が今また原発問題となると、色んな問題がありすぎる。実際、取材をさせていただいた中には家族問題をこじらせてしまっている方が大勢いましたけど、この映画でその要素は要らなかったんです。

■原発映画は“終わらない旅”

―今後も原発問題は扱われていくのでしょうか?

 既に7月から新しい福島の映画を撮り始めているんです。それは“終わらない旅”かなと思って……。自由に撮りたいっていうこともあるので、これは自主映画なんです。まだ、変わり行く福島の風景ばかり撮り続けている段階で、いつかドラマになっていくでしょうけど、『希望の国』のように急いで作って皆に観てもらわなきゃいけないような映画とは違っているので、これはゆっくり撮っていこうと思います。その前に1本、ポップコーン・ムービーを作りますけど。

―撮り終えられたばかりの『地獄でなぜ悪い』(来年3月公開予定)ですね。カラッと楽しめる映画を撮りたいという欲求も、『希望の国』と同時にどこかにあったということでしょうか。

 そうですね(笑)、昨日もう第1回目の編集をしたけれど、ほんとに何にも考えなくていい。実は『希望の国』は観客の皆さんに馴染んでもらえるように、フィックス画面で日本映画らしく撮ったんです。それを、「園はちょっと大人っぽくなった」とか「成熟した」とか言われたりもしてるんですが(笑)、そういうことじゃなくて、日本人の“味覚”に合うようにしただけです。だから、もっと派手なことをやりたいっていう欲求が生まれたのか、『地獄でなぜ悪い』を撮ったんですね。

―これから被災地でも『希望の国』を観てもらうことになりますが、やはり「怖い」という気持ちもありますか?

 もちろん、すごくあります。『希望の国』は、原発事故を身をもって知らない人に体験してもらおうとする映画。なので、既に体験した人にもう一回味わわせるっていうのは、皆さんどういう気持ちになるのかなという不安は非常にあるし……それに、色々と温度差があるんですよ。無事な被災地と、無事じゃない被災地というのもあって。被災地ではないのに一括りに“被災地”といわれている場所とか、それぞれの住民の意見もまったく違う。広島で原爆を語り継ぐ会の方々が一部から「忘れたがっているものを、なぜ語り継ごうとするのか」と批難されていることとまったく同じで、この映画も批難されると思うんですよね。でも、それは仕方がないと覚悟しています。怒る人もいれば、「こんな映画作るな」と批判もされるだろうし、「作ってくれてありがとう」って言ってくれる人もいると思うんです。色んな形があるんですよ。

                    (1/2)へ戻る

 

 

Profile
その・しおん
愛知県出身。1987年、『男の花道』でぴあフィルムフェスティバル(PFF)グランプリを受賞。 以降、数々の衝撃作を世に送り出し、世界各国で多くの賞を受賞している。近年の作品に『愛のむきだし』(09/第59回ベルリン国際映画祭ガリガリ賞・国際批評家連盟賞)『ちゃんと伝える』(09)『冷たい熱帯魚』(11)『恋の罪』(11)『ヒミズ』(12/第68回ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞)などがある。


<取材後記>
パワフルで時に暴力性を孕んだ作風や、俳優たちへの厳しい演技指導などのエピソードから、「恐い方なのでは……」と勝手なイメージを膨らませていたのだが、時折毒を吐きながらも作品への“愛”を感じさせる語り口は、失礼ながら“チャーミング”という言葉がぴったり。何より“この映画を大勢の人に観て考えてもらいたい”という真摯な思いが伝わってきた。原発事故に対する社会の反応、日本映画界への苛立ちや反発も滲ませる園監督だが、“仕方ないよね”と現状に甘んじて静観する他の誰よりも、実は日本の社会を、映画の力を信じている方ではないかという印象を受けた。


▼作品情報▼
『希望の国』
東日本大震災から数年後の20XX年。日本・長島県。酪農を営む小野泰彦(夏八木勲)は、妻、そして息子夫婦と満ち足りた日々を送っていた。その生活をマグニチュード8.3の大地震と、それに続く原発事故が襲う……。
脚本・監督:園子温
出演:夏八木勲、大谷直子、村上淳、神楽坂恵、清水優、梶原ひかり、筒井真理子、でんでん
配給:ビターズ・エンド
公式HP:http://www.kibounokuni.jp/
2012/日本=イギリス=台湾/133分
(C)2012 The Land of Hope Film Partners

10月20日(土)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開

トラックバック-1件

  1. 抑えておきたい!映画監督 一覧 | おにぎりまとめ

    […] eigato.com 園子温 […]

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)