『アイアン・スカイ』ティモ・ヴオレンソラ監督インタビュー:“月面ナチス”の驚愕ストーリー、「やるならとことん」
2018年、再選を目指すアメリカ大統領は支持率アップを目論み、アポロ17号以来の有人月面着陸プロジェクトとして黒人男性ジェームズ・ワシントンを月に送り込んだ。無事月面に降り立ったジェームズだったが、何者かに拉致されてしまう。連れて行かれた先は、なんとナチスの残党たちが月の裏側に築き上げた巨大な秘密基地。第2次世界大戦に敗れ、月に逃れていたナチスは、再び地球に帰還して世界を支配するため、密かに準備を続けていた……。
まさか、こんな冗談みたいな映画が製作されるとは! もちろん設定は十二分に“冗談”なのだが、それを真面目にB級感いっぱいのSF映画『アイアン・スカイ』に仕上げてしまったのがフィンランドの若手監督、ティモ・ヴオレンソラだ。9月28日からの劇場公開を前に、フィンランド映画祭2012での上映にあわせて来日した監督にお話をうかがった。
■中途半端はつまらない!
『アイアン・スカイ』のアイディアは、フィンランド名物であるサウナの中でヴオレンソラ監督と脚本家のヤルモ・プスカラさん(本作では原案としてクレジット)の雑談から生まれた。「ナチスが宇宙から攻めてくる」なんて、ややもすると“ふざけすぎ”だと非難されかねない話である。だが、ヴオレンソラ監督には、大笑いできるエンターテインメントに徹することにためらいはなかったようだ。「デリケートなテーマを含むけれど、単刀直入に、大胆に作ったから良かったのであって、中途半端だと非常につまらない映画になっていたと思う。最初から、やるならとことんやるしかないと思っていた」という。この前に1本、自主映画『スターレック皇帝の侵略』を撮っているが、本作はまだ2本目の監督作品だったということも、大胆な映画作りに多少影響したのかもしれない。
「『スターレック』は自分たちのお金で作ったので、思い通りの作品を撮ることができた。だから、そのやり方に慣れていたんだ(笑)。誰かに何か言われるということはまったく念頭になく、作りたいように作ったよ」
■“ヒロインありき”のSF映画に
ある種“確固たる信念”を持ってこの映画を撮り上げたとはいえ、ナチスという題材を扱うことに変わりはない。そのあたりの描写にかなり苦心したのでは?……そんな方向の答えを想定し、「脚本作りで一番心を砕いたところは?」と訊くと、意外にも「(ナチスの理想に心酔する美貌のヒロイン・)レナーテのストーリーを伝えることに専念した」という言葉が返ってきた。。
「“月面ナチス”という奇想天外な映画を作るとなると、ストーリーが脇に逸れてしまいがち。例えば、どういうテクノロジーを使って彼らが月で生きているのか、どうやって月にたどり着いたのか、あるいは軍の組織編成がどうなっているのか……興味深い要素がたくさんあるからね。けれど、やはり映画というのは主人公をメインに語っていかなくてはいけないと考えている。サイドストーリーに逸れ過ぎてはダメなんだ」
幼い頃からSF小説に親しみ、「SFはいつも身近にあった」というだけあって、本作からはヴオレンソラ監督が過去の様々なSF映画を参考にした形跡が見て取れる。そのあたりをマニアックに語ることもできそうだが、「ヒロインのキャラクター造形に力を入れた」と言われてみると、なるほど……。セクシーな容姿で軍服を着こなすヒロインをはじめ、超タカ派のアメリカ女性大統領や、宇宙戦艦“ジョージ・W・ブッシュ”(!)の指揮官となって自分を振ったナチス将校への私怨を晴らそうとする広報官など、女性キャラクターのパンチが“月面ナチス”との宇宙決戦が霞むほどに効いているのだ。
「脚本の第一稿を書いたのは女性で、ヨハンナ・シニサロというSFファンタジー作家。魅力的な女性像を書くことで有名なんだ。考えてみると、SFモノになかなか魅力的な女性って登場しないよね。いることはいるけど、数が少ない。どうしても脇に追いやられがちで、ステレオタイプな役柄ばかりというイメージがあったから、僕としては意図的に、より強いキャラクターを打ち出したいという思いがあった」
■ドイツの若者に高評価
内容もさることながら、公式サイトでティーザー映像を公開して製作費のカンパを募るなど、資金調達の段階からインターネット上で既に注目されていた『アイアン・スカイ』。今年2月のベルリン国際映画祭でプレミア上映され、本格的に大きな話題を集めた。月からナチスが攻めてくる映画を、正々堂々、ドイツ・ベルリンでお披露目するとは、まったくよい度胸だと驚かされてしまうのだが、そこは決して話題性だけを狙った選択ではなかったらしい。
「ご存知のとおりベルリンは非常に権威ある映画祭だし、そんな素晴らしいところで上映できるだけでも嬉しかったんだ。でも、ベルリンで上映される映画って、アート系作品やヨーロッパのドラマがほとんどで、この作品みたいなタイプは他になかった。結果的に、一番前売り券が売れたのも、一番メディアが集まったのもこの映画だったんだよ。皆さんが関心を寄せてくださって嬉しかった。ほかの出品作と比べて、ハッピーで楽しいトーンだったというのが興味をひいた理由かもしれないね。当初はサンダンス映画祭での上映も考えていたんだけど、サンダンスの方が『アイアン・スカイ』みたいな作品って“ありがち”でしょう?そういった意味でも、ベルリンでお披露目できてよかったと思っているよ」
気になるのが、観客の率直な反応なのですが……。
「ドイツの観客がどういう反応を示すのか、予想できなくて正直不安もあった。結果としては高評価を得られたし、特に若い観客にうけたんだ」と、ヴオレンソラ監督。意外なほど好意的に受け入れられたことを明かしてくれた。
「これまでナチスを扱った映画というと、どうしても“こういうことがあったんだよ”と淡々としたトーンで描く作品が多かった。でも、そうした形で教訓を受け取り続けていると、どんなに良いメッセージでも聞き慣れてしまい、雑音のように伝わりにくくなってしまう恐れがあると思う。だから、こんな奇想天外な話で“ナチスはこんな風に洗脳してたんだよ”と、まったく違ったところから明確に語られると、より鮮明に受け取ることができるんじゃないかな」
ただし、ただ面白おかしくナチスを描いたわけではなく、相当の覚悟と準備が大前提としてあることも付け加えておく。
「ナチスについてはかなり調べたよ。実際にどういう教育をしていたか、どういうプロパガンダを提唱していたか。それから、軍隊の階級や、上官、下官の間で互いにどんな接し方をしていたかなど、研究を重ねて映画の中に反映させた。歴史的な事実であり、被害者が大勢おられるこうした題材に触れるとき、被害者の方々に敬意を払う方法として一番誠実な形は正確に描写するということだと思うから。もちろん月にナチスがいるのはフィクションだけれど、“もしも”彼らが月にいたとしたら……と、誠実に置き換えて描くことを常に念頭に置いていたよ」
実は、ドイツの観客よりも、むしろ本作の中でかなりブラックに風刺されているアメリカの観客の方が手厳しかった模様。日本公開に先がけ、7月にアメリカでも公開された本作だが、評価は「フィフティ・フィフティ」だったとか。
「ヨーロッパ人にバカにされている!と批判的な見方をする人もいれば、自分たちのやっていることはネタにされても仕方ないと受け入れる人もいて、半々ぐらいだったかな。でも、100人いたら100人全員に気に入ってもらえるハズはないので、それでいいと思っている。アメリカは大きいから、人口の半分でも1億5000万人いるし(笑)、それだけ好きになってくれればいいかな」
Pofile
Timo Vuorensola
1979年生まれ、フィンランド出身。初監督作品は7年かけて完成させた『スターレック 皇帝の侵略』(05)。ほかには短編映画、音楽ビデオ、CMの監督も手がけている。また、ブラックメタル/インダストリアルノイズバンド“Alymysto”の結成メンバーとしてリードボーカルも務めている。
<取材後記>
身長、ほぼ2メートル。大胆な映画の内容と、ブラックメタルバンドのボーカルという裏の顔。さらにフィンランド映画祭の壇上で見せたハイテンションな言動……。「一体、どんなエキセントリックなお兄さんが現れるんだろう」と思いきや、意外にも(失礼!)とっても真面目で好青年だったヴオレンソラ監督。インタビュー中、筆者が渡した名刺やら、机の上に並んだペーパー類やらをきちっきちっと角をあわせて並べてみたりして、何気に几帳面で、質問の答えもとても誠実。「面白い映画を作る!」という軸がブレることはなくとも、あくまで真剣に、“真面目に遊んだ”成果がこの『アイアン・スカイ』であり、ドイツの観客にも喜ばれた一因なのだと感じたインタビューだった。
▼作品情報▼
『アイアン・スカイ』
原題:Iron Sky
監督:ティモ・ヴオレンソラ
原案:ヤルモ・プスカラ
脚本:ヨハンナ・シニサロ、マイケル・カレスニコ
出演:ユリア・ディーツェ、ゲッツ・オットー、クリストファー・カービー、ウド・キア
提供・配給・宣伝:プレシディオ
フィンランド・ドイツ・オーストラリア共同制作/2012年/93分
9月28日(金)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(C)2012 Blind Spot Pictures, 27 Film Productions, New Holland Pictures. ALL RIGHTS RESERVED.
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