ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳
「9.19さようなら原発集会」デモ隊の先頭にまわり、キビキビと写真を撮る小柄なおじいさんがいる。警備にあたる警察官の顔の前でも、遠慮会釈なくシャッターを切る。別の日には、DAYS JAPANのフォト・ジャーナリスト学校に講師として出向き、「問題自体が法を犯したものなら、カメラマンは法を犯しても構わない」と若者たちにレクチャーする。福島菊次郎90歳。彼こそ戦後66年日本のさまざまな問題にレンズを向けてきた報道写真家である。
目を背けたくなるような1枚の写真が胸を打つ。やせ細った男の上半身のアップ、右手は胸の辺りを押さえ、関節の強張った左手で、掻きむしるかのようにお腹の皮をよじらせる。これは、原爆被災者の中村さんが、身体の苦しみに耐えかね、それでもそこから逃れようと、左手で抵抗する姿を写し撮ったものだ。写真は、写す側の心が見えてくることがあるが、この至近距離、その一点を直視したところに、一緒に苦しむカメラマンの心が感じ取れる。
妻を広島の原爆で亡くし、6人の子供を抱え、自身も原爆症で苦しむ中村さんとの出会いが、彼の写真家としての原点である。「私の写真を撮ってくれ。ピカに出会ってこのザマだ。このままでは死んでも死にきれない。仇を取ってくれ」彼との仕事は、本人が亡くなるまで10年にもわたったが、あまりに深く入り込み過ぎ、自身も神経衰弱になり精神科に入院した。しかし、そこまでして写真を世に出したものの、中村さんの子供たちからは逆に疎まれる。「これで本当に仇なんて取れるのだろうか」この時、それが福島さんの人生の命題となった。「これで本当に…」常にそうした思いがつきまとうからこそ、彼の顔は優しい。彼の写真は常に弱者に寄り添っているのだ。傍らには、きっと今でも中村さんがいるのだろう。それが、あの小さな身体を現場へと突き動かしている。
50年代から活動を始め、その間三里塚の問題や、公害の問題さまざまなテーマに取り組んできた写真家人生。そして、その総決算を始めていた矢先に震災、そして福島の原発事故が起き、90歳にして再び彼は現場へと向かう。中村さんの仇には終わりが無い。これでいい、これでようやく浮かばれるということがない。それは日本の国家が常に色々な問題を抱え、そこにいつでも声をあげられない社会的弱者がいるからである。「政府は嘘をつくものです。ですから歴史は、偽りを理解し、政府が言うことを鵜の呑みにせず判断するためにあるのです」というのは、アメリカの歴史学者ハワード・ジンの言葉。報道写真家福島菊次郎の生き方、そして一連の写真は、この言葉を思い起こさせてくれる。
▼作品情報▼
監督:長谷川三郎
撮影:山崎裕
朗読:大杉蓮
製作:Documentary Japan.104 co ltd
製作プロダクション:Documentary Japan.
配給:ビターズエンド
制作:2012年/日本/114分
公式サイト:http://bitters.co.jp/nipponnouso/
※8月4日(土)、銀座シネパトス、新宿K’s cinema、広島八丁座ほか全国順次ロードショー!
(C) 2012『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』製作委員会