『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』女史を支え続けた、イギリス人夫の献身
ビルマ(現ミャンマー)の民主化運動のリーダー、アウンサンスーチー。非暴力による人権回復への闘いで、1991年に女性初のノーベル平和賞を受賞した、世界で最も有名な女性の一人だ。その活動や長きにわたって強いられた自宅軟禁生活については世界中で報道されている。しかし、彼女の壮絶なラブストーリーを知る人はほとんどいないだろう。本作は、アウンサンスーチーの知られざる半生と、家族の愛を描いた物語。監督のリュック・ベッソンは「愛の定義を変える映画」とコメントしているが、彼女の揺るがぬ意思の陰には、イギリス人夫の献身的な支えがあった。
アウンサンスーチーは、オックスフォードでチベットの研究をする英国人夫と二人の息子と幸せに暮らしていたが、ある日、母親が倒れたとの報せを受け、ビルマに帰国する。その頃のビルマは軍事独裁政権が武力で民衆を制圧し、その惨状を目の当たりにした彼女は強いショックを受ける。ほどなくして、スーチーの帰国を聞きつけた運動家たちが彼女の自宅を訪れる。“ビルマ建国の父”と国民から敬愛されたアウンサン将軍の娘であったことから、スーチーは選挙への出馬と、父の後継を要請されたのだった。「経験がないので」と固辞していた彼女だが、やがて人々の熱意と使命感から覚悟を決めるようになる。
女史はビルマに帰国した半年後に、50万人もの民衆に向けて初めてのスピーチを行っているが、劇中でも印象的なシーンになっている。夫や家族が見守るなか、ついに活動の第一歩を踏み出すのである。いつも毅然とした風格を漂わせている彼女だけど、初スピーチでみせる緊張や戸惑いは意外性もあいまって感慨深い。スーチー役のミシェル・ヨーは、200時間にも及ぶ女史の映像を入手し、徹底的に研究したというが、シーンごとにさまざまな表情をみせ、彼女の知られざる側面を丁寧に体現している。
ノーベル平和賞については、どのような経緯で選考されているのか、かねてから疑問に思っていたが、本作ではそれについても触れている。もちろん彼女の活動は受賞に値するのだが、その裏側で、夫が必死に関係各所に働きかけ、受賞のために奔走していたのは驚きだった。すべては彼女の命を守るため、なのだが。受賞式に出席できない彼女に代わって、長男がスピーチをするシーンも心揺さぶられる場面だ。当時十代の少年の言葉からは、母への思慕、葛藤、誇りなど、複雑な想いが伝わってくる。夫と息子たちも遠く離れたイギリスで、不安や孤独と闘い、自己を犠牲にして、通算15年に及ぶ彼女の軟禁生活を支えていたのだ。
これまでも、闘う女性、強い女性を描いてきたリュック・ベッソン。最初はプロデューサーをオファーされていたが、脚本を読んで「これは自分が撮るべき」と監督に名乗りをあげたという。なるほど、彼女こそ、ベッソンが撮るべき女性だったのかもしれない。
それにしても、一人の女性が国の未来を背負うのはあまりに苛酷だ。とはいえ、時代に求められた人というのは、その数奇な運命に逆うことも難しいのだろう。カリスマ将軍の娘であるということ、歴史を理解し、宿命を受け入れた伴侶の存在。本作を観たら、それらが偶然とは思えなくなる。夫や息子たちと会うことも許されず、孤独な闘いを強いられた女史だけど、揺るがない愛に支えられていたという事実は唯一の救いに思えた。当たり前のように思っていた自由や愛について、改めて考えさせられる作品だ。
7月21日(土)、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
監督:リュック・ベッソン
出演:ミシェル・ヨー、デヴィッド・シューリス
原題:The Lady
制作:2011/フランス/2時間13分
配給:角川映画
公式サイト:www.theladymovie.jp
Photo Magali Bragard (c) 2010 EuropaCorp – Left Bank Pictures – France 2 Cinéma