『ぼくたちのムッシュ・ラザール』フィリップ・ファラルドー監督インタビュー:〜ラザールという多面的なキャラクターにひかれた〜
トロント映画祭最優秀カナダ賞の受賞、米アカデミー賞外国語映画賞ノミネートなど世界中で高い評価を受け、昨年のカナダ映画を代表する一本となった『ぼくたちのムッシュ・ラザール』が7月14日(土)から公開される。
映画の舞台はケベック州モントリオール。小学校の教室で、ある朝、女性教師が首を吊って死んでいた。学校側は生徒たちの心のケア、保護者への説明と懸命に対応し、子どもたちも表面的には落ち着いているように見えた。しかし、その心の中では担任教師の死という事実を消化することができない……。そんな時、アルジェリアからの移民だという男バシール・ラザール(フェラグ)が代理教師として雇われる。フランス語の授業で古典小説を読ませたり、何かと時代遅れな授業を行うラザール。だが、その誠実で温かな人柄に、子どもたちも次第に心を開いていく。ラザールもまた、子どもたちの傷ついた心を感じ取り、真摯に寄り添っていくが、そんな彼もまたある悲劇による弔いの日々を過ごしていた。
上映時間1時間半の間、冒頭の教師の死を除いて、大きな事件は何も起こらない。ただ静かに、丁寧にラザールと子どもたち、周囲の大人たちの感情を浮かび上がらせ、孤独を抱えた心同士が触れ合おうとする様子が観ている者の心もいつしか浄化していく。
来日されたフィリップ・ファラルドー監督に、本作に込めた思いを伺った。
この映画の原作は、作家兼女優であるエヴリン・ド・ラ・シュヌリエールの戯曲です。映画の脚本に起こしていく過程で、一貫して大切にしていたテーマは何でしょうか?
ファラルドー監督(以下、監督) 最初にこの芝居を見たとき、そこで扱われているテーマというよりも、まず、観客として受けた感動を映画に写し取りたいと思いました。非常に多面的なキャラクターにひかれたんです。ラザールは移民でもあり、亡命者でもあり、そして近しい者の死を引きずっている人でもあります。そして、子どもたちの力になることで、その死を乗り越えようとしているのです。そういった人間的な要素が心に響きました。その随分あとからシナリオに着手し、どういったテーマで掘り下げていこうかと考え始めたのです。
先生と生徒の関係を描いていますが、観客としては移民問題にも関心が湧いてきます。
監督 移民問題というのは、私がもともと興味を持っている題材の一つで、以前ドキュメンタリー映画でも少し掘り下げてみたことがあります。しかし、私が面白いと思ったのは、ラザールは確かに移民ではあるのですが、それがこの映画の主要テーマではないというところです。ある重要な要素を扱うとき、どちらかというと、背景的にそれを扱うことが出来たときに映画が上手くいったと感じますね。
おっしゃるように、移民としてモントリオールにやってきたラザールが受け入れられていくプロセスが、ほかの何層にも重なったテーマの中で描かれていて見応えがありました。ラザールを演じたフェラグさんは、とても瞳が優しげで、すぐに周囲に受け入れられていくキャラクターにぴったりでした。校長先生が素性もよく分からないまま、ラザールをあっさり採用してしまう気持ちも分かります(笑)。
監督 実は、校長先生がラザールにちょっと恋心を抱くバージョンのシナリオもあったんです(笑)。ラザール役には、あまり演技せずに多くを語れる俳優を探していました。フェラグはコメディアンでもあるので、舞台にのると普段は実にたくさん“芝居”をする役者です。本作では、その逆を求め、演技を抑えて顔で語ってほしいと思いました。なぜなら、ラザールは自分の過去について語りたがらない人物ですから、表情の小さな変化で伝えるようにしたかったのです。
子役たちも素晴らしく、特に担任教師の自殺現場を目撃してしまったアリス(ソフィー・ネリッセ)とシモン(エミリアン・ネロン)はナチュラルだけれど迫真の表情が印象的でした。キャスティングのポイントは?
監督 まず、アリス役には非常に早熟な子を探していました。実は11~12歳の子を探していたので、当時10歳だったソフィーは年齢的に幼すぎるのですが、今回は大人びた目をした少女を探していました。ソフィーの特徴は、まるで赤ちゃんのような顔をしているのに、視線が成熟しているところです。この驚くべきコントラストがキャスティングの決め手になりました。シモン役には、ちょっと不安定で、本当は不安なのに自信ありげに振舞っているキャラクターを求めました。また、アリスとシモンは仲良しという設定なので、ペアとして上手くいくかどうかもオーディションの段階で確認する必要がありました。何通りもの組み合わせをテストしたので、オーディションは長い期間をかけましたね。特にアリス役には、高い資質を持つ俳優を求めていました。
本作からは学校、先生、子どもたち、親たちの関係において、すべてに一定の距離を感じます。それは、異国から来たラザールとモントリオールの人々との距離感も同様で、それぞれが互いにどう関わっていくのかという点がまた一つテーマだったのではないかと思います。
監督 この「距離」という言葉ですが、孤独という抽象的なテーマを空間的に置き換えたものだと思うのです。身近な人の自殺によって、人々が互いに連帯感を持って近づくこともありうるし、この映画のように、互いに語らなくなり、分散して孤独になってしまうところも考えられる。例えば、シモンは自分がとった言動への罪悪感にとらわれて孤独になり、アリスとの関係も壊れつつあります。また、ラザールには同僚の女性教師クレールがアプローチしてきますが、過去の悲劇が原因で、自分からは女性に歩み寄っていくことができません。そういう風に、「孤独」を具体化したものとして、「距離」というものを捉えることができると思います。ただ、ラザール自身は意図して他の人たちから遠ざかろうとしているわけではありません。自分からは近づけない状況にあるのです。
本作には体罰はもちろん、軽いハグなど教師と生徒の身体的な接触が禁止されているという、最近の教育現場の様子も重要な意味を持って描かれていますね。
監督 その規則によって生じる距離が、映画でもフラストレーションとして現れているかと思います。
※次の質問は映画のラストシーンに触れるため、鑑賞前の方は飛ばして次に進まれることをお薦めします。
ラザールは秘密が知られてしまったあと、ある決意をして授業で詩を朗読します。その後、アリスがラザールに抱きついていくシーンが印象的に描かれますが、この少女が非常に微妙な事情をどのように理解していたのか、興味を引かれるところです。
監督 アリスは頭のいい子なので、身体的接触が禁じられていることも理解しています。しかも、劇中の悲劇の発端がそうした接触にあったことも分かった上で、抵抗の思いをこめて行動しています。実はもともと、このシーンはラストではなく、もっと早い段階で登場する予定でしたが、編集段階で当初考えていたエンディングでは満足できず、変更しました。その結果、強い意味を帯びることになり、本作が扱うテーマの一つでもある大人と子どもの身体的接触という問題をまとめる意味も持ったのです。この映画は、ほかの子どもたちを見つめるアリスの視線から始まるので、幕を引きもアリスに導いてほしいという思いがありました。
本作のプロデューサーを務めたリュック・デリーさん、キム・マックルーさんは、やはり共同で製作した『灼熱の魂』に続き、2年連続で作品が米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされる快挙となりました。本作と同じケベック映画である『灼熱の魂』でも、移民や戦争・内戦という問題があくまで背景として扱われ、やはり困難を乗り越える力や普遍的な人の関わり方などを軸に据えて描いている点が興味深かった。こうした秀作を生み出すケベックの映画界とは、どういう状況にあるのでしょう?
監督 ケベックの映画界は、今まさに外に向かって開かれつつあります。1950~60年代に作られた初期のケベック映画はドキュメンタリーが中心でした。その後、劇映画に転じていきますが、最初の頃はやはり民族のアイデンティティを扱ったものが多かったのです(※ケベック州はフランス系住民が多く、映画の舞台モントリオールはフランス語圏としてはパリに次いで2番目の規模を誇る都市)。コメディやアクションなどエンタテインメント性の強い作品も作られるようになりましたが、やはりアイデンティティの問題をさらにつき詰めて扱っていくならば、外に目を向けていかなければなりません。ケベックの人が外国に行った場合のものの見方を扱ったり、あるいは今回の映画が外国人のケベックに対する視点から描かれたように、外の世界に目を開いていくことが必要ではないかと思っています。
Profile
フィリップ・ファラルドー Philippe Falardeau
1968年、ケベック・ハル生まれ。オタワ大学でカナダ政治学、ケベックのラヴァル大学で国際関係学を学んだ後、世界各地で撮った短編映画で競い合うTVのコンテスト番組で優勝。ドキュメンタリーの監督等を経て、00年に初の長編映画を監督。2作目の『Congorama』(06)はカンヌ映画祭監督週間のクロージング作品として上映されたのを皮切りに、世界各国の映画祭で上映。3作目『本当に僕じゃない!』(08)は、ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門でプレミア上映され、クリスタルベア賞とドイツ児童映画賞を受賞、カンヌ映画祭ジュニア部門ではグランプリを獲得した。
取材・撮影:新田理恵
<後記>
取材に当たり、前のインタビューを聞いてこられた宣伝の方からファラルドー監督が「ケベック映画はカナダ映画とは別物」という意識を強く持っておられるという話を伺った。カナダという国にありながら、常に“異文化圏”に囲まれてきたフィルムメーカーらの他者を見る目の繊細さ・緻密さが、優れた人間ドラマを生む土壌になっているのではないだろうか。
大人と子とも、教師と生徒という関係性の枠を超え、心の通い合い、身体の触れ合いを通じて哀しみを癒し合うことができれば……『ぼくたちのムッシュ・ラザール』は、そんな祈りの気持ちと感動を観た者の心に残す。他者との関係を見つめ続けたからこそ生まれた秀作だという気がする。
▼作品情報▼
『ぼくたちのムッシュ・ラザール』
原題:Monsieur Lazhar
監督・脚本:フィリップ・ファラルドー
原作:エヴリン・ド・ラ・シュヌリエール
製作:リュック・デリー、キム・マックルー
出演:フェラグ、ソフィー・ネリッセ、エミリアン・ネロン、ダニエル・プルール、ブリジット・プパール
配給:ザジフィルムズ、アルバトロス・フィルム
2012年/カナダ/95分
7月14日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開