『さらば復讐の狼たちよ』中国人が熱烈支持!姜文監督の男気映画

『さらば復讐の狼たちよ』――この80年代香港ノワールを連想させる邦題から、“亜洲影帝”(アジア映画の帝王)と呼ばれた頃のチョウ・ユンファ主演作をイメージして劇場に行くと肩透かしをくらう。

 この映画の本当の主役は、監督も務める姜文(チアン・ウェン)である。姜文といえば、日本兵(香川照之が怪演)による中国侵略をブラックなユーモアたっぷりに描き、カンヌ国際映画祭グランプリを獲得した『鬼が来た!』(98)が有名だ。同作が原因で中国政府から製作禁止処分を受けたり、それ以降も興行的に苦戦するなど、さまざまな辛酸を味わってきた。そんな姜監督が満を持して放った本作は、クオリティの高さと中国映画歴代No.1という商業的成功を同時に実現したという、最近の中国映画界では貴重な快作である。

 時は軍閥割拠の1920年。辛亥革命(1911年)の成功によって民主政治が実現するかと思われたのも束の間、中国は私利私欲に憑かれた独裁者や軍閥の台頭で再び混乱のただ中にあった。県知事マー(葛優:グォ・ヨウ)は、妻(カリーナ・ラウ)を連れ立って、赴任先の地方都市・鵝城に上機嫌で向かっていた。実は、マーは金で県知事の地位を買った詐欺師。そこへギャング団が現れ、彼らが乗る馬列車(中国語読みで「マーリエチュー」。マルクス・レーニン主義の暗喩と思われる)を襲撃する。マーは保身のため、ギャングのボス“アバタのチャン”(姜)に「替わりに県知事になれ。金儲けができる」ともちかけ、自分は書記としてともに鵝城へ向かう。しかしその街はホアン(ユンファ)によって、金と暴力による恐怖で支配されていた……。

 日本での知名度はそれほどでもないが、中国では絶大な人気を誇る姜文と葛優、そして国際派スターのチョウ・ユンファによる三つ巴の競演が見もの。本国では公開されるや大ヒットを記録、豪快に盛り込まれた中国現代社会への痛烈な皮肉やセリフの数々に、「もう一度チェックしたい!」と観客は何度も劇場へ足を運んだ。日本ではなかなかお目にかかることができなくなった男臭~い役者たちのケレン味たっぷりなガン・アクションと、丁々発止のセリフの応酬。やはりというか当然というか、監督でもある姜文がユンファを差し置いて抜群にカッコイイ!1シーン当たりのセリフの文字数にまで自ら制限を設けたという監督こだわりの洗練された脚本の力で、全体のテンポも非常に良い。

 実は当初、本サイトでも中国現代史に馴染みの薄い人がより楽しめるよう、映画の隠された意図や比喩云々を解説しようと思ったが、やめた。率直に言って、予習したところで、“中国”なフィーリングを肌で知っている人にしか、本作の本当の面白さを100%理解することができないからだ。既出の映画レビュー等でも作品背景が強調されているし、公式サイトに親切な解説が出ているので、そこで事前にチェックされるといい。アクション・娯楽大作としてかなり良く出来ているので、楽しめないと言っているのではない。ただちょっと視点を変えて観るのもいいのではと提案したい。日本で近年公開される中国映画は歴史劇やカンフーアクションばかりだが、すぐ隣国の一般庶民が本当に観て喜ぶのはどんな映画なのか。「言論統制の厳しい国」というイメージの中国の観客が、政府や社会への皮肉を楽しみ、骨太な映画づくりを賞賛している。それを知ってみるのも意義あることではないかと思うし、意外な発見があるのではないか。

 先ごろ開催された上海国際映画祭では、日本映画『鍵泥棒のメソッド』のチケットがあっという間に完売した。中国の若者は、我々以上に外の世界へ目が向いているし、日本のエンタテインメント事情にも詳しい。それに対し、最近の日本の異様な邦画人気をみていると、ますます日本のガラパゴス化が進むのではと懸念されてならない。日本人には難解な部分のある本作を買い付けた配給会社は、勇気ある決断をされたと思う。「香港ノワール?」と勘違いされそうな邦題も、チョウ・ユンファが主役であるようなプロモーションも、日本で中国・香港映画の認知がそこで留まっているのだから、宣伝担当者の苦肉の策だったのだろう。しかし、本来映画を観る楽しみとは、そういった未知・難解な世界の扉を叩くことにもあったのではないだろうか。

▼作品情報▼
『さらば復讐の狼たちよ』
原題:譲子弾飛
監督・主演:姜文(チアン・ウェン)
出演:葛優(グォ・ヨウ)、チョウ・ユンファ、カリーナ・ラウ
音楽:久石 譲
配給:ファントム・フィルム
中国映画/2010年/132分
公式HP http://saraba-ookami.jp/top.html

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