ファミリー・ツリー

たとえ憎くても、愛の言葉がなくても…

そこには間違いなく愛がある。家族って個々の集まりで複雑で、それぞれにいろんな思いがあるけど、結局はそういう事なんだ。そんな気持ちになれる、心に沁みる映画だ。

ハワイのオアフ島に住むマット・キング(ジョージ・クルーニー)の妻、エリザベス(パトリシア・ヘイスティ)がパワーボートのレース中に事故にあい意識不明の昏睡状態となり、マットはこれまでの仕事中心の生き方を改めて良き夫・父親になろうと誓うが、これまで接する事の少なかった娘二人とどう接したらいいか分からず、苦悩する。一方で、マットは先祖から受け継いだカウアイ島の広大な土地の売却の手続きもしなければならない。そんな気ぜわしい日々に、マットはある日突然長女のアレックス(シャイリーン・ウッドリー)から、妻が浮気をしていた事実を突き付けられ、妻は自分との離婚まで考えていた事を知ってしまう・・・。

主人公のマットは、よくいる日本の夫の姿に近い様に感じる。仕事が生活の中心で、妻がいて当たり前で、子育ては妻に任せっきり。これからは妻に優しくしようという都合のいい考えも、妻の浮気を知った時の動転っぷりも、まるで熟年離婚を突き付けられた老いた夫の様で、滑稽さと憐みを感じさせる。このあたり、ジョージ・クルーニーの演技のうまさが光る。

しかし、面白いのはこの後。この後マットは妻の浮気相手を探すために娘と奔走するのだが、妻の過去の行動を追う事によって、最初の憎しみや悲しみ一辺倒とは違う新たな感情が残された家族には芽生えていった様で、その感情がマットと娘の成長につながっていく。そして、浮気という本来憎むべき妻の過去の行動を追跡する事によって、それまでうまくいかなかったマットと長女の絆が深まるキッカケにもなっていく。今となっては物言わぬ妻があたかもそこに存在し、現在の家族のあり方を変えていくかの様だ。その在り様が自然で、見ていて興味深いこの映画の魅力だ。

そう、この家族は昏睡状態の妻も含め、いま初めて本当の家族になろうとしているのだ。この映画の家族がそれまでそうであった様に、何か問題があるのに見て見ぬフリをして、やり過ごそうとする家族も世間には多い事だろう。だが、ただそれだけで何十年も絆で結ばれた本当の家族でなんかいられない。家族は、家庭内にある問題を真剣に考え、悩み、解決しようとする事が絶対に必要なのだ。それがこの映画では、妻の事故をキッカケに苦しみながらも始まった、家族が家族であるための営みなのだ。その過程を見ていると、たとえ浮気ではなくても大なり小なりあったであろう自分の家族の問題と重なる映画だと感じさせられる人も多いのではないだろうか。

たまたま150年前に先祖が得た土地や連綿と続く系譜、いろいろあったが愛した妻。複雑な思いもあるけれども、そこには深く強い思いがある。それこそが、愛と言っていいのだと思う。愛とは、LOVEという単語では表現しきれない、深く強い思いの事なのではないだろうか。たとえそれが憎しみや怒りであったとしても、それは愛という言葉に置き換える事が出来る気がする。愛があるからこそ、憎しみも怒りもある。言葉で説明しがたいそういう感情を、この映画は見事に表現している。ラストの病室で間もなく死にゆく妻にキスをした後にマットが言うセリフ、ここにこの映画のテーマがある。すべてを飲みこんだ、大きな愛がそこにはある。いいとこ取りした美しいものだけが愛ではないのだ。このセリフ、愛の本来あるべき姿を表現した名言だと思う。

多くの映画で見られる声高に叫ぶ愛ではない、黙っていてもジンワリと沁みる愛もいいなと思える。そんな映画なのに、観た後はやっぱり愛はちゃんと伝えたいと思ってしまう。そんな素敵な映画。家族にも、恋人にも、友人にも観て欲しい。

キャスト:ジョージ・クルーニー、シャイリーン・ウッドリー、アマラ・ミラー、ニック・クラウス、ボー・ブリッジス、ジュディ・グリア
監督:アレクサンダー・ペイン
製作:アレクサンダー・ペイン、ジム・テイラー、ジム・バーク
原作:カウイ・ハート・ヘミングス
脚本:アレクサンダー・ペイン、ナット・ファクソン、ジム・ラッシュ
撮影:フェドン・パパマイケル
美術:ジェーン・アン・スチュワート
編集:ケビン・テント
衣装:ウェンディ・チャック

5月18日よりTOHOシネマズ 日劇他全国ロードショー

© 2011 Twentieth Century Fox

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