『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』北村昭博さんインタビュー

入江悠監督と僕はSとMの関係だったのかな~幸せな撮影現場を振り返って

北村昭博さん

現在公開中の入江悠監督の最新作『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(以下『SR3』)。ラップをこよなく愛する主人公マイティ(奥野瑛太)の前に立ちはだかる先輩格の右翼系恋愛ヒップホップクルー“極悪鳥”のメンバーの一人、MC林道を演じているのが、ハリウッドに活動拠点を置く北村昭博さんだ。

北村さんと言えば、昨夏大ヒットした『ムカデ人間』。3人の人間を結合して一体の生命体を創造するという同作のコンセプトは仰天ものだったが、ムカデ人間の“顔”としての熱演は記憶に新しい。実は、2010年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で同作を引っさげて北村さんが参加し、そこで入江監督と意気投合。昨夏の同作プロモーションの際、監督がトークショーにゲスト登壇したことがきっかけで、北村さんの『SR3』出演に至ったという経緯がある。
そんな北村さんが作品PRのために来日。しかも自腹を切っての来日だったが「『SR3』を愛してくれる人たちのために」という熱い思いに突き動かされたとか。筆者にとって『ムカデ人間』公開時に続き、北村さんに2度目のインタビューを幸運にも行うことができたので、以下にお届けする。

●『ムカデ人間』が公開されて
『ムカデ人間』に対するTwitterやブログなどのネット上や口コミによる好意的なリアクションや、劇場(渋谷シネクイント)も連日満席や立ち見続出という大盛況ぶりを目の当たりにして、北村さん自身、どう感じていたのだろうか?

北村さんは、自身をまだまだ有名ではないと前置きしたうえで、「『ムカデ人間』が公開されるまでは、本当に無名だったので、まずは『ムカデ人間』を多くの人に観てもらい、とにかく自分の知名度を上げることがミッション」と自分に課したという。それは名誉欲とか自己満足のためということではなく、「日本で活躍したいという強い気持ちがある」からだ。また、『ムカデ人間』を観た人がいったいどう感じているのかということが気になり、Twitterなどでも頻繁に検索していたという。どうしたらお客さんに劇場に来てもらえるのか、宣伝スタッフと宣伝方法を考えたり、イベントも積極的に参加したりしたことは、「勉強になったし、ステップアップになった」と振り返る。特に松尾スズキさんや入江監督とトークショーができたことが「幸せで、熱かったです」。

●『SR3』出演のチャンス
「入江監督の『SR』シリーズは大好きで、いつか入江作品に出たい」と熱望していた北村さん。トークショーに入江監督が参加したときに、転機が訪れた。「役者が出たいと希望する監督に対して、出演をお願いすることはなかなか実現しないことなので、どこかで何かぶちかまさなくては!」と虎視眈々とチャンスを窺っていた。そこで、奇策(?)を講じることに。入江監督とのトークショーで自ら、その熱い思いをラップで披露。「お客さんの前で「これは『SR3』の公開オーディションです!」って言ったら監督にもそれなりにプレッシャーがかかるかな(笑)」と勝負に出た。そんな北村さんの熱意が入江監督に伝わった。約2週間後に出演OKの連絡があり、「夢が叶った!!」と涙目になったという。
「僕は(シリーズを通して出演のヒップホップクルー“SHO-GUNG”の)マイティ役の奥野(瑛太)君、イック役の駒木根(隆介)君、トム役の水澤(紳吾)君のファンでしたから。彼らと一緒に仕事ができるんだと思うと、本当に嬉しかった。絶対にやってやるぞ!という気持ちになりました」と当時の思いを熱く語ってくれた。

●MC林道の役作り
『ムカデ人間』の際の役作りでは、メソッド演技(外見から変え、自分のキャラクターについての様々なディテールを考えていくことで役作りのアプローチをする方法)を用いたと前回のインタビューで聞いていたが、『SR3』のMC林道役でも同様のアプローチを行ったのだろうか。
「メソッド演技が自分の演技スタイル」だから、まず外見から変える試みを始めた北村さん。MC林道は極悪なラッパー役。対して北村さんは「スイーツ好きだし、どちらかというと文化系的な匂いがする」との自己分析。ゆえにその匂いを消す必要があると考えた。まず、外見的には体重を増やすために、夜は「鼻血が出るほど」ステーキを食べるという荒業を敢行。また、「極悪鳥は右翼系恋愛ヒップホップグループっていう訳分からない設定だったので、右翼で日本大好き!な感じを出すために、髪を赤く染め、ラッパー風に剃り込みも入れました」。つまりあの赤い髪は日の丸をイメージしていたというのか!このようなことは映画本編を見ただけでは分からないことだが、北村さんの役作りのこだわりを感じさせた。

その他、タフな感じを出すため日焼けサロンに通い、筋トレも行うなど、外見的アプローチは着々と進めた北村さんだが、「ラップに関しては少し不安」だったという。アメリカにいる間に、いろいろなラップをYouTubeで見て研究はしていたというが・・・。リハーサルで入江監督から「北村君だけラッパーの動きじゃない」と言われ、凹んだそう。ラップは、体を“縦”に動かすことが重要だそうで、北村さんの動きはロック育ちということもあり、周りから浮いているように見えたらしい。そこで、稽古場で日本のラップのDVDを見せられ、毎日2時間縦の動きの猛特訓が始まった。「俺、何やってるんだろ・・・」と落ち込む北村さんだが、ラップ指導の上鈴木兄弟(弟・伯周、兄・タカヒロ)が「個性を出すことが重要」と教えてくれたことから、ラップは「上手下手の問題ではなく、自己表現。だから愛が伝わればいいんだ」ということに気づき、撮影に臨むことができた。

とは言え、役作りの苦難は続く。入江監督から「もっと極悪人に見せたい」との要求もあり、歯にアクセサリーを装着したが、これが大変!
「上手く喋れなくなっちゃって、唾を飛ばしながらセリフを言うハメになり不安でした。僕はこれから日本でもやっていこうと思っていて、初の邦画出演作なのに、それがこんな滑舌の悪い役なんて・・・。映画を見た人から滑舌の悪い俳優だな、って思われるのが怖くて」監督に打ち明けた。すると監督は「熱い思いは伝わるし、北村の才能なら大丈夫。滑舌が悪いなんて関係ないから」と励まされた。北村さんが実際に映画本編を見ると、MC林道が悪いヤツに見えて、「(アクセサリーの装着を)要求してきた監督に感謝しています」。

●入江悠監督との仕事について
そんな入江監督の演技に対する要求は生半可ではないという。前述の歯のアクセサリーのエピソードもしかり。
「もっと出来る、もっと出来るって要求がだんだんエスカレート(笑)。でもそれは僕を信頼してくれている証だったと思います」。「マイクにブロックをつけて歌う」などという無茶な要求もあったが(ブロックが重く突き指もしてしまったほど)、「挑戦しがいがあった」と北村さん。『SR3』の現場は、これまで監督から演技指導を特に受けたことがなかった北村さんからすると、とても新鮮な経験だった。ちなみに『ムカデ人間』のトム・シックス監督は「僕の提案をほぼ受け入れてくれて、僕への指導や要求はなかった」と、ほぼ真逆の反応だった。

また、入江監督は撮影が始まると、キャストと距離を置くためだろうが、ほとんど喋らなくなり、現場にはただならぬ緊張感が漂っていた。そんな撮影の状況に北村さんは「繊細なタイプなので」、監督が何も言ってくれないことに、不安な思いを抱えていた。
だが、そんな不安が感激に変わる瞬間があった。北村さんの撮影最終日は、様々な人の感情が交錯する圧巻のフェスのシーンだった。オールアップの後、入江監督が「北村君、すごく良かったよ」と声をかけてくれたというのだ。感激のあまり、北村さん号泣!
「監督に誉められて泣くことは、これからの役者人生でないかもしれないと思ったくらい。僕たちは、実はSとMの関係だったのかな。入江監督の追い込み方や緊張感はハンパなかったです。でも本当に楽しくて幸せで、濃密な時間を過ごすことができました。入江監督とは、また一緒に映画をつくりたいと願っています」。

●MC林道のマイティへの感情
MC林道はとにかくマイティをパシリ扱い。怒鳴ったり、蹴ったり殴ったり、とマイティへの仕打ちは酷いものだ。マイティの、自分の人生なのに自分でコントロールできないヒリヒリ感が伝わり、切ない。また、観客の「マイティにあんな仕打ちしてMC林道って本当に酷い」という感想には、「悲しかった」と北村さんは苦笑。ただ、映画本編では語られることはないのだが、MC林道からマイティはどのように見えていたのだろうか?

北村さんは「リハーサルの時もマイティに対して普通に怒鳴りつけていましたが、どうもしっくりこなかったんです。ただ怒鳴っているだけでは面白くないし、それは僕がやりたいことでないな」と悩んでいた。そんな頃、スタッフやキャストでリハーサル後に飲みに行く機会があり、映画のことをいろいろと議論したなかで、MC林道のバックグラウンドが見えてきたという。それは「MC林道がマイティの才能を見込み、彼を極悪鳥に誘ったんじゃないか」と意外なもの。そのバックグラウンドがあるからこそ、「マイティに対して怒鳴ったり蹴っ飛ばしたりできたし、心おきなく下っ端として扱えたんです」。

それはマイティに対し、愛憎入り交じった複雑な感情を抱いていたということか?
すると北村さんはこんなエピソードを披露。奥野さんが極悪鳥のリハーサルに入ってくれたことがあったそうだが、
「彼は本当に上手いし動きもすごい。それを目の当たりにしたとき、現実の奥野君と映画上のマイティがごっちゃになり、僕=MC林道が、奥野君=マイティの才能に対する愛情や敬意や嫉妬が生まれてしまった。その感情を映画でも利用したんです」。つまり、MC林道はマイティを見込んでいたのに、「マイティは要領悪いから僕(=MC林道)の気持ちを察することができなかった」というバックグラウンドを構築。結果的にMC林道の、(マイティから見ると)理不尽な態度に我慢しきれなくなったマイティは、(極悪鳥側から見ると)裏切り行為を働き、MC林道は複雑な感情を抱えたままで、あのフェスの感情大爆発のシーンに繋がったということになる。
「確かに、そんなこと、お客さんには分からないですけれどね。でも僕にとってとても重要なこと。役と脚本を深く読み込むことが大切なんです。役に責任を持ちたいんです」。

●今後について
実は『ムカデ人間』後、北村さんにはいろいろな作品への出演オファーがあったが、役選びに慎重になっていたという。それはなぜなのか?
その理由として、オファーのほとんどがホラー映画だったことを明かした北村さん。

「ホラーは好きだけど、『ムカデ人間』の次にホラーを選んだら、ホラー専門の俳優というイメージが定着してしまうことが怖かったんです」。俳優は「魂や体を削る職業」と考える北村さんは、常に自分の価値を高めたいと考え、自分を安売りしたくないという覚悟がある。そう考えてオファーを断り、チャンスを待っていたときに『SR3』と巡り会えた。「『SR3』に出られるのなら、お金だって要らない!」と思うほどの惚れ込み方だった。そんな映画に出演できたことが「本当に幸せ」と何度も何度も口にした。

「(共演する)役者さん、監督の良いところを吸収したい。今はそういう時期だと思うし、常に新しい発見や成長をし続けていきたい」と貪欲な北村さん。その姿勢が、今後の出演作を決めることに繋がっていくのだろうか。
北村さんは「僕はメジャー志向が強いんです。もっと多くの人に自分の存在を知ってほしいし、観てもらいたいし、自分自身の価値を高めたい。僕は現在メジャーで活躍している俳優さんとも勝負したいし、負けない気持ちはあります」と力を込めて語った。一方、俳優の他にもう一つの顔である監督業はしばらく封印するという。「いつか伝えたいテーマや物語が浮かんだとき、機会があればまた(監督を)やってみようと思っていますが。基本的には今は役者をやっていることが楽しいんです」。
すでに次回作をロサンゼルスで撮り終えている。「(次回作について)詳しくは言えませんが、監督から痩せてくれと言われて、体重を5㎏ほど落としました。『ムカデ人間』『SR3』とは違う顔をお見せできるはずなので、ぜひ期待して下さい!」。

(後記)
筆者にとって北村さんへのインタビューは2回目。今回も感じたことだが、彼の役作りには妥協がない。この取材後に、『SR3』を再見すれば、MC林道への見方が変わったり、新たな発見がありそうだ。そして取材に応える北村さんの表情はとても輝いていて、『SR3』の現場がいかに充実していたかが、熱をもって伝わってくる。彼の情熱溢れる俳優業への思いと『SR3』の経験を糧として、さらなる飛躍を期待したい。

取材:富田優子

〈プロフィール〉
北村昭博(きたむらあきひろ)
1979年高知県生まれ。高校卒業後に渡米し、ビバリーヒルズ・プレイハウスで演劇と監督術を5年間修行。LACC映画学科在学中に処女作『PORNO』の脚本・監督・主演で映画監督デビュー。アメリカで劇場公開され日本ではDVDとなった脚本・監督代表作『LAマザーファッカーズ』(06)では、LA Indies Award最優秀新人賞を最年少で受賞する。俳優としての代表作には主演作の『ムカデ人間』(10)、「HEROES ファイナルシーズン」(09)のタダシ役などがある。新進気鋭の映画監督であり、ハリウッドで活躍する数少ない日本人俳優の一人。

▼作品情報▼
出演:奥野瑛太 駒木根隆介 水澤紳吾 /斉藤めぐみ 北村昭博 永澤俊矢 ガンビーノ小林 美保純
監督・脚本・編集:入江悠
制作プロダクション:アミューズ ノライヌフィルム 制作協力:ダブルディー
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
公式サイト:http://sr-movie.com/
(C)2012「SR3」製作委員会(アミューズ ノライヌフィルム 鈍牛倶楽部 パルコ 角川書店 SPOTTED PRODUCTIONS メモリーテック)
4月14日、渋谷シネクイント他にて全国順次ロードショー
新宿K’s cinemaモーニングショー決定!5月5日(土)より連日10:30~

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▼イベント情報▼
(1)4月26日(木)、『SR3』公開を記念してコラボレーションカー「シボレー ソニックJBL サウンドリミテッド ~ SRサイタマノラッパーカー仕様」の展示が、渋谷パルコパート1前広場にて行われた。また、北村さんはじめ極悪鳥のキャストが、劇中さながらの熱いラップ、マイクパフォーマンスを披露。映画の内容、魅力を伝えて、イベントを大いに盛り上げた。
詳細はこちら

(2)『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』公開記念LIVE/VOL.2 “さよなら、SHO-GUNG”
5月15日(火)19:00~新宿ロフトで開催予定。詳細はこちら

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