『誰も知らない基地のこと』エンリコ・パレンティ監督&トーマス・ファツィ監督インタビュー:なぜ米軍基地が存在するのか、身近な問題として捉えてほしい

エンリコ・パレンティ監督(左)とトーマス・ファツィ監督

米軍基地といえば、日本人の脳裏に真っ先に思い浮かぶのは沖縄、わけても普天間基地ではないだろうか。しかし、世界に目を転じてみると、現在、世界の約40ヶ国に700以上の米軍基地が存在している。米軍基地は何のために存在するのか?そんな素朴な疑問に対し、このイタリア発ドキュメンタリー映画『誰も知らない基地のこと』では答えを導き出している。本作のエンリコ・パレンティ監督とトーマス・ファツィ監督が日本での劇場公開に合わせて来日。両監督のインタビューをお届けする。

取材を行ったのは、劇場公開初日の4月7日。初日を迎えるにあたっての感想を聞くと、パレンティ監督は「とても嬉しくてエキサイトしている」。映画祭以外で劇場公開されるのは日本が初めてということや、沖縄の取材も行ったこともあり「日本での公開のタイミングを待っていたから感慨深い。日本の人達には特に観てもらいたいと思っていたから」とファツィ監督。二人とも笑顔で語ってくれた。

資金難などの影響もあり、3年かけて製作された本作。ビチェンツァ(イタリア)、ディエゴ・ガルシア(インド洋)、ボンドスティール(コソボ)、そして普天間(沖縄)等を監督二人で訪れ、騒音問題やヘリコプターなどの墜落事故をはじめ、米軍兵士が起こす事件・事故に苦しむ住民の姿をカメラに収めている。わけても普天間を取り上げていることは、我々日本人にとって興味を掻き立てられるものだ。

エンリコ・パレンティ監督

パレンティ監督は、「沖縄の場合、市民の生活に割り込むように基地が存在しています。町のど真ん中に基地が占拠しているような状態ですから。その状況は世界でも極めて特異なものだと思います。基地により、市民が様々な問題に直面していることは、すぐに分かりました」と普天間の特異性を強調。取材地の選定について、問題が特に顕著なところをセレクトしたというが、普天間の状況はあまりにも異常に映ったことで、取材することを決めたという。

我々は、メディアを通して普天間周辺の状況を知ることができるが、市街地と基地がまさに隣接している状態である光景に、もしかしたら見慣れてしまっていたことを否定できない。「異常だ」と強調されたことで、一度、頭をまっさらにして見つめ直す必要があるかもしれないと感じた。

とは言え、日本での基地問題への関心は、決して高いものではないと思う。また沖縄とそれ以外の地域での温度差も大きい。そんな状況の日本だが、観客には本作から何を感じ取ってもらいたいか、との問いに、ファツィ監督は「基地が自分たちの生活にどんな影響が及ぼしているのか、見つめ直すきっかけになればいいと願っています。そもそも普天間問題を沖縄だけの問題として捉えるのは間違い。これは日本全体の問題で、皆さんの身近な問題のはずです。基地があることで社会的に様々な影響を引き起こしています。考慮されるべきは、なぜ基地が存在するのかということ。日本における防衛目的もあるでしょうが、基地によって日本が負担する莫大な費用や環境問題も考えなければなりません。もし戦争が起これば、戦争に加担したことにもなり、それは結果的に人命が失われる事にも繋がります。その責任さえ問われることもあるかもしれません。基地問題は、こうして際限なく様々な問題に繋がっていくのです。そのことを認識してほしい」。

実際に基地内の撮影が許可されたのはコソボのボンドスティール基地だけで、本来なら軍人を直接インタビューすることは難しいのだが、ここでは実施できた。他の基地では撮影禁止で、マケドニアでは知らず知らずのうちに、秘密の軍事施設を撮影してしまったようで、素材を消去されたこともあったという、取材時のエピソードも両監督は披露してくれた。
そのコソボの基地内だが、整備された映画館に象徴されるようなリラクゼーション施設やバーガーキングなどもあり違和感を覚えたのだが、その点について両監督はどう感じたのだろうか。

トーマス・ファツィ監督

ファツィ監督は「この基地はまるで小さな米国だな、小さな米国がホスト国(基地受け入れ国)に存在しているようで、奇妙な感じでした。兵士たちは基地内でバドワイザーを飲み、地元の人たちと基本的なコミュニケーションすらしていなかったように感じました。地元の食べ物を食べることもなかったんじゃないかな。それと、(バーガーキングを含む)企業にとって、基地は格好のビジネスパートナー。基地の閉鎖に経済界が反対するのは当然と思います。なぜなら基地内の清掃を行っているのも兵士ではなく、民間企業ですから」と、米国の外交政策として基地があるはずなのに、巨大ビジネスとして基地が存在していることの奇妙さを指摘。
また、パレンティ監督は「よく言われているのは、“基地があれば地元への経済的影響が多大”ということですよね。しかし、今はドルが弱くて、兵士達も地元で使えるほどの十分なサラリーを得ていないのかな、と感じます。そういう点で、果たして地元に経済効果をもたらしているのか疑問に思いました。まあ、米国人は自分の文化にノスタルジックだから、どこに居ても米国を再現しようとしますよね」とコメントしてくれた。

さて、普天間といえば、鳩山由紀夫元首相が移設問題で「最低でも県外」を主張したことが思い出される。沖縄県民の期待は高まったものの、結局は「抑止力の重要性」を持ち出して頓挫。ただ、この「抑止力」は目に見えないものであり、抑止力の効果をどう測ればいいのか、その方法すらあるのか分からない。監督は取材を通して「この基地は敵(誰を敵と指すのかという議論は別として)に対する抑止力になっている」と実感できたことはあったのだろうか?

ファツィ監督は「基地設立の理由はホスト国を守るためと言われますが、これは都合のいい言い訳でしょう。例えば、冷戦中、ソ連の脅威を理由に欧州中に基地がつくられました。でも、ソ連が崩壊しても基地は増え続けています。それは抑止力云々で基地があるというよりも、軍によってその地域をコントロールしようという目的のためです。米国は“民主主義のために行動する”と主張しますが、結局、彼らの行動はプロパガンダであり、国家の利益になるように行動なり、政策なりがあるのです。もちろん、ホスト国の利益と重なることもあるし、経済的恩恵を受けた地域もあるでしょう。ただそれで抑止力を感じられたかというと、違いますね。もう1点、冷戦時に米軍基地が増えたことで、逆に攻撃のターゲットになることもあります。例えば、当時イタリアはソ連の核弾頭が向けられていました。抑止力の効果の恩恵よりも、常に戦争と隣り合わせの危機感を持って生活することとなるのです」。

普天間に関する内容では、土地の返還を求める人々や環境への影響を憂慮する人々も登場する。しかし前述のとおり、普天間移設問題は停滞するだけで解決の兆しは一向に見えない。その一方、フィリピンのように米軍基地を撤退させた事例もあるが、そのケースを映画に取り上げなかったのはなぜか?

この点に関し、ファツィ監督は「基地問題という大きなテーマを扱ったこともあり、テーマを絞る意味でもフィリピンの事例は特に扱わなかった」としたものの、「フィリピンの(米軍基地の撤退の)結果から学べることは、自分たちにも何かできるのではないか、国と市民が一体になれば、基地を撤退させることができるかもしれないということだと思います。ただ現状では、国と市民の意思統一を図ることがとても難しいと思います」と、厳しい現状に触れた。

本作は、肝心の米国では劇場公開されておらず、映画祭での上映にとどまっている。「現時点では配給の予定はない」(パレンティ監督)そうだが、映画祭での観客の反応は非常に好意的で「米国の軍事基地という、全く知らなかった題材にフォーカスしたことで、観客が学ぶことをポジティブに捉えてくれた」(ファツィ監督)のは、今後に期待が持てる反応だろう。是非とも米国での公開も期待したいと話したところ、両監督とも「米国の人たちにも見てもらいたいし、我々もそう願っています」。

(後記)
「戦争がテーマのドキュメンタリーは数多くあるが、基地を題材にした作品はほとんどない。基地は戦争において中心的な役割を果たしているのに、メディアはほとんど取り上げていないのが現状」とファツィ監督が言うとおり、基地問題に関する映画をこれまで見た記憶がない。だが、石油の供給ルートに沿うように米軍基地が設立されたり、米国内には他国の軍事基地はないという指摘には、はっとさせられる。邦題のとおり、“知らない”ことを炙り出してくれた作品だ。

文:富田優子/写真:鈴木こより

〈プロフィール〉
エンリコ・パレンティ Enrico Parenti
1978年生まれ。アメリカ系イタリア人。フリーランス映画制作者。イタリア国営放送局(RAI)や独立系プロダクション制作のドキュメンタリーでカメラマンとして活躍。本作は長編初監督作品。

トーマス・ファツィ Thomas Fazi
1982年生まれ。イギリス系イタリア人。研究者兼通訳。イタリアの数々の出版社で政治コンサルタントとして活躍。本作は長編初監督作品。

▼作品情報▼
出演:ゴア・ヴィダル、ノーム・チョムスキー、チャルマーズ・ジョンソン
監督:エンリコ・パレンティ、トーマス・ファツィ
撮影:エンリコ・パレンティ
編集:デジデーリア・ライネル
音楽:ステファノ・ピロ
原題:Standing Army
製作国:イタリア、製作年:2010年、上映時間:74分
配給:アンプラグド
公式サイト:http://kichimondai.com/
©Effendemfilm and Takae Films
4月7日シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

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