『僕達急行 A列車で行こう』趣味を通して豊かになる……森田芳光監督が込めたメッセージ

一口に鉄道ファンと言ってもいろいろあるらしい。大企業に勤めるサラリーマンの小町(松山ケンイチ)は車窓からの景観と音楽のコラボを楽しむが、小玉(瑛太)は鉄工所の跡取り息子という職業柄、技術的なものに魅かれる。鉄道写真を撮るのに魅力を感じる者もいれば、模型作りに精を出す者もいる。不思議にも、劇中の彼らはそれぞれの好みを尊重し、自分の趣味を他人に押し付けることはしない。

本作は、そういった「鉄ちゃん」たちが織りなすコメディーだ。「オタク」と言って冷かしているのではない。まあ、彼らの言動は傍から見れば滑稽にも映るけれど、ここではむしろ愛おしむような目線。笑えるのは登場人物がみな列車にちなんだ名前(こまち、こだま、のぞみ、あずさ、いなほ…)。鉄ちゃんたちの思考回路は鉄道と直結していて、専門用語が乱れ飛ぶ。何より彼らの鉄道への愛と情熱には舌を巻くほどだ。とは言え、趣味にのめり込みすぎて生活が破たんしているわけではない(失恋することはあっても)。実は仕事にもそれぞれに懸命だったりする。物語は、鉄道好きと言うファクターが彼らの足を引っ張るのではなく、それが元で仕事が成功すると言う展開。小町は東京から福岡に「左遷」となったものの、思いがけずビッグプロジェクトに関わることになり、小玉もまた小町のツテで大きなチャンスをつかむことになる。

「芸は身を助く。趣味は持つものだな。」話としてはできすぎているが、要は共通の趣味を持つということはそれだけで縁を引き寄せると言うことだ。私たちはどこかの組織に属して生きている。学校、会社、地域。でも、その枠を飛び越えて、各人の属性を度外視してつきあえる人間関係こそ、これからは貴重なんじゃないだろうか。趣味が自分自身を幸せにし、世界を広げてくれる。好きなことを追求するとき、そこには打算などなく、純粋な楽しさと喜びがある。その純粋さで人と接することができるなら、なんと素晴らしいことだろう。

本作の監督・脚本は、2011年12月に急逝した森田芳光氏。森田監督は、本作の製作にあたり、「これからの人間関係は趣味を通して豊かになっていくのではないか」とコメントしている(公式HPより)。しんどい仕事や生活を抱えつつも幸せを感じることのできる瞬間、また明日を生きようと思える瞬間、それを共有できる仲間とのつながり。何かいいことがあった時、「しかるべき駅で待ちあわせて乾杯しよう」と言えるような友人が欲しくなる。本作は、そんな映画だ。

Text by 外山 香織
オススメ度★★★☆☆

製作国:日本 製作年:2011年
監督・脚本:森田芳光
出演:松山ケンイチ、瑛太、松坂慶子、貫地谷しほり、笹野高史
公式HP http://boku9.jp/
(C)2012 『僕達急行』製作委員会
2012年3月24日(土)よりロードショー

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