【LBFF】カランチョ

ふたりを結び付けたものは、「生」への渇望だった

  タイトルロール、いきなり交通事故の写真がスライドされ驚かされる。それにかぶせて「アルゼンチンでは10年間に10万人が交通事故で死亡することになる。35歳以下の死亡原因のトップは交通事故である」という説明が流れる。この映画の主人公ソーサは交通事故専門の弁護士なのだ。

 ちなみに10万人という数字は多いか少ないか…日本とほぼ同じ数ではあるのだが、人口がアルゼンチンは日本の3分の1くらいであること考えると、いかにひどい数字かがわかる。日本もかつて昭和45年頃は、「交通戦争」という言葉がさかんに使われ、今のアルゼンチンと同じく社会問題となった時代があった。作品の多くがホームドラマである成瀬巳喜男監督も、この時代『ひき逃げ』(1966年)という交通事故を題材にした社会派サスペンスを作ったほどである。アルゼンチンでもやはり、こうした事態が深刻に受け止られればこそ、このような交通事故に材をとった「社会派恋愛サスペンス映画」が生まれてくるんだなぁと感心した。

  初老の主人公ソーサを演じるのは、リカルド・ダリン。最近日本で公開された『瞳の奥の秘密』にも主演していたのだが、あまりにも雰囲気が違うのでビックリ。さすが名優と言われるだけのことはある。『瞳の奥の秘密』では、女性に対して消極的だった彼だが、今度はさすがラテンと唸らされるほど積極的。事故現場で出会ったERに赴任してきたばかりの女性医師ルハン(マルティナ・グスマン)と、二度目の出会いですぐにベッド・インしてしまうのだ。

 ふたりを結び付けたものは何か。ソーサの過去は話されることはないのだが、弁護士免許を停止されていること、得体のしれない連中から脅かされていることなどから、けっして綺麗な道をたどってきたのでないことはわかる。自分の勤めている弁護士事務所に、裁判が必要なクライアントを紹介するため、日夜ERに出入りしており、車には警察無線も取り付けていて、いつでも事故現場を嗅ぎまわれるようになっている。その弁護士事務所も、まともなところではないようだ。賠償金から、不当な割合で手数料をむしり取るような悪徳事務所である。ある時は、貧しく食えないゆえに車にみずから当たっていき、賠償金を貰おうという人たちがいて、それに弁護士事務所が協力しているというのもすごい。それでも、彼は、弁護士資格停止中という弱みがあるため、そこに縛り付けられ、精神的に参っている。家ではソファーに寝転がり、ひとり孤独な夜を過ごす日々である。

 一方のルハンは、仕事自体は志をもって始めた好きな仕事である。心から感謝してくれる患者の存在も励みになる。時には酔っぱらいの絡みに会うこともあるにはあるが…。しかし、勤務があまりに過酷である。睡眠不足に悩まされ、麻薬を足に打ち辛うじて身体が持っている状態だ。自分の命を削って人の命を救っている。フラフラの状態で仕事をしていることもあるから、失敗もすることがあるのだが、その時の上司の態度はとても厳しい。むしろ意地悪をされているのではないかと思われるほどだ。家に帰ってもシャワーを浴びて寝るだけの孤独な生活。自分が今生きているのだか死んでいるのだかさえわからなくなることさえあるような日々だ。

 ふたりは仕事柄、人の死に接することも多く、また精神的にもギリギリに追い詰められているような共通点がある。そんなこともあってか、彼らにはどこか死の匂いがつきまとう。そこから這い上がるため、自分の生を実感するためにふたりは、互いに引き寄せられたのではなかろうか。しかし、彼らが生きようとすればするほど、死の罠に陥っていくところ、ここに実はアルゼンチンの悲劇があるような気がする。

 ちなみにタイトルの『カランチョ』とは、アルゼンチンに生息する鳥の名で、それはハゲタカの一種である。ソーサの属する弁護士事務所の仕事がまさに「ハゲタカ」だ。けれどもそれだけではない。あまりにも多い交通事故、貧しい暮らし、過酷な仕事、争いごと、死はいたるところに転がっている。『カランチョ』ハゲタカは、そんな人々を狙い、アルゼンチンの上空をいつも旋回しているのである。

Text by:藤澤貞彦
オススメ度:★★★☆☆
製作年:2010年、製作国:アルゼンチン、チリほか
監督:パプロ・トラペロ
出演:リカルド・ダリン、マルティナ・グスマン、ダリオ・ヴァレンスエラ

公式サイト:第7回ラテンビート映画祭

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)