「ルルドの泉で」奇蹟が浮き彫りにする、人間の嫉妬の構図

※核心に触れている部分があります。

「聖母が出現する」「病が治る奇蹟の泉がある」と伝えられる世界最大の巡礼地、ルルドの泉。ある日、この地を訪れたクリスティーヌ(シルヴィー・テステュー)の身に、不思議なことが起こる。多発性硬化症により動かなかった手足が急に動くようになり、車いすから立って自由に歩くことができるようになったのだ。これからは仕事をして、恋をして……と「普通の生活」への希望を抱くクリスティーヌ。一方、彼女に起こった「奇蹟」は、ルルドに集う人たちの心に、嫉妬や羨望といった屈折した感情を巻き起こしていく。

本作は、奇蹟の神秘ではなく、人間の嫉妬の構図に焦点を当てた作品だ。病いや孤独、人生における迷い。巡礼ツアーの参加者で構成されるコミュニティは、この一点で平等であり、均衡を保っていた。ところが、理由もなく誰かが特別扱いされたことにより、均衡が乱されてしまう。みんなが不幸である時はいいけれど、誰かがそこを抜け出そうとすると湧き上がる感情。彼女は恩恵を受けるに値するのか。他にふさわしい者がいるのではないか。なぜ自分ではないのか……。そういった人間の性(さが)、集団内に巻き起こる嫉妬の構図を本作は描いている。

実際、このような現象はどんな集団にも起こりうる。しかし本作では、「特別扱い」を神による「奇蹟」にしたことで、さらにそのテーマを深めている。誰も神に対して異論を唱えられないからだ。これが学校であれば、生徒達はえこひいきする先生に理由を問いただし、糾弾することもできる。しかし、神の御業に理由はない。ゆえに彼らの屈折した心理は、解答を得られないまま、彼女一人に向けられていく。

また、この「特別扱い」はその集団内で起こるからこそ意味を持つ。クリスティーヌと対照的に描かれるのが、介助人のマリア(レア・セドゥ)だ。日常に退屈していたマリアは、ルルドでのボランティアに参加するものの真剣に取り組んでいない。若くて健康で、仕事そっちのけで恋をして……。しかし、巡礼者たちはマリアに特段不満を抱かない。ごく「普通の」生活を夢見るクリスティーヌには冷ややかなのに、だ。自分と圧倒的に違う者には嫉妬しないのに、同じグループに属する人間に対しては不穏になってしまう。マリアの存在により、嫉妬、差別意識のヒエラルキーがより明確に表されているのだ。

しかも本作では、結果的にクリスティーヌの病いが完治するのかどうか、最後まで明らかにされていない。彼女の今の状態は一時的な病気の寛解で、また元に戻る可能性もある。そこに安堵する周囲の人間たち……。この心理がなんともやるせない。

キリスト教の「7つの大罪」にも数えられる「嫉妬」は、人間の感情の中で一番厄介なものではないだろうか。我々はそれを隠して生きている。本作で描かれている嫉妬も、決してあからさまではない。「奇蹟」を祝福する顔を取り繕いながら、心の奥では別な感情が渦巻く。自分でもそれに気づいている。だけどどうしようもない。自らも不幸な境遇に悩む巡礼者や、人々に教えを説く聖職者でさえも、その感情から完全に逃れることは難しいと我々は思い知らされる。

しかし、本作を見て驚いたのは観光地と化しているルルドの盛況ぶりだ。巡礼ツアーの参加者たちには、ホテル並みの宿泊施設が完備され、ハイキングや記念撮影、パーティーのようなイベントも準備されている。ジェシカ・ハウスナー監督は、1年以上の交渉を経てルルド撮影の許可を得たと言う。大聖堂や洞窟で行われる数々の儀式は実にシスティマティックだ。そんなところも本作の見どころの一つと言えるだろう。

Text by 外山 香織

オススメ度★★★★☆

製作国:オーストリア=フランス=ドイツ 製作年:2009年
監督:ジェシカ・ハウスナー
出演:シルヴィー・テステュー、レア・セドゥ、ブリュノ・トデスキーニ、エリナ・レーヴェンゾーン

公式HP http://lourdes-izumi.com/
2009(C)coop99 filmproduktion, Essential Filmproduktion, Parisienne de Production, Thermidor
2011年12月23日(金)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー

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